【中野信治のF1分析/第13戦&前半戦総括2】よいリズムと自身を取り戻してほしい角田裕毅。ベッテルに見るF1ドライバーの理想の引退
2022年シーズンのF1は新規定によるマシンの導入で勢力図もレース展開も昨年から大きく変更。その世界最高峰のトップバトル、そして日本期待の角田裕毅の2年目の活躍を元F1ドライバーでホンダの若手育成を担当する中野信治氏が独自の視点でレースを振り返ります。前回に続いて、今回はシーズン前半戦の角田裕毅選の振り返り、そしてF1引退を発表したセバスチャン・ベッテルについて、中野氏がお届けします。
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前半戦最後の第13戦ハンガリーGP、日本人F1ドライバーの角田裕毅(アルファタウリ)は今回予選16番手から決勝19位という結果で、これで2022年シーズンの前半戦を終えました。前半戦を終えて入賞3回(通算11ポイント/ドライバーズランキング16位)。裕毅の今季の前半戦を振り返って、2022年シーズンが始まってからは、昨年よりも確実に成長した裕毅のドライビング、チームとの仕事の仕方に関しても成長を感じることができていました。
それは我々外から見ている人間だけではなく、チームの人間も同じようなことは感じていたと思います。ですが、その流れをちょっとしたミスで失い、最近ではたとえば第9戦カナダGPでのピットアウト後のクラッシュだったり、裕毅自身、ほんのちょっとしたミスでリズムが崩れ始めたところも多少ありました。そしてあとはやはりチームのミスもあり、本当に流れが作れていないということが大きい前半戦でした。
今回のハンガリーGPでもレース中にスピンをしてしまいました。あのターン7は低速コーナーでダウンフォースが完全に抜けてしまうコーナーなので、タイヤが冷えた状態だと、今の大トルクなF1マシンだとスロットルを踏んだ瞬間にスピンしてしまいます。
さらにあのコーナーでは縁石に乗せる場合もあり、そして僕の記憶でも、もともとグリップが低いコーナーでもあります。ですのでリヤが抜けやすく難しいコーナーではありましたけど、難しいコーナーであるからこそ注意しなければならず、そういった細かいミスはやはりチームに対して良い印象を与えません。
流れの悪さがまたミスを呼んでしまいます。流れが悪くなるとやはり焦ってしまいますし、いい走りをしていても上位の結果が得られないということが続いてしまうと、どうしても精神的な部分が乱れてしまいます。そういった部分が今の裕毅にもなくはないと思います。ただ、前半戦を見ていると去年よりも確実に成長しているのは周りも含めて分かっているので、うまくこの夏休みでリフレッシュして、もう1回自信を持ち直して後半戦に向けて取り組んでほしいですね。
アルファタウリ自体も昨年ほどのパフォーマンスを発揮できておらず、今回もアップデートを投入しましたけど、クルマはうまく機能していなかったように見えました。ただ、ハンガロリンクでは合っていなかったようですけど、次戦のスパ・フランコルシャンではこのアップデートは機能してくるのではないかと思います。コースが変わるとまたチャンスは来ると思うので、とにかくそのチャンスが来たときに獲りにいく、獲りにいける準備を本当にやり続けるしかないです。
今は裕毅に『頑張れ!』といったプレッシャーをかけるタイミングではないと思います。レーシングドライバーには焦って実力を引き出すタイプと、冷静に自分の流れに乗って実力を出すタイプと2通りがあり、裕毅は自分の流れと自分のペースでいった方がいいタイプに見えます。そういった意味で僕のなかで“冷静に”というのは“自分のペースで”という意味で、裕毅には後半戦も周りからのプレッシャーにあまり左右されずにやってほしいなと思います。
そしてこのタイミングでのもうひとつの話題として、ハンガリーGP前にセバスチャン・ベッテル(アストンマーティン)が今季限りでのF1引退を発表しました。ベッテルの引退の話をすると、来季の他のドライバーの契約に関してもいろいろな話が紐づいてきて終わらないのですが(苦笑)、フェルナンド・アロンソのアストンマーティンF1移籍やオスカー・ピアストリの契約騒動など、間違いなく、裏でフラビオ・ブリアトーレが動いているのでしょう。アロンソの動きや、ピアストリのマネージャーはマーク・ウェバーで、そのウェバーをマネジメントしていたのはブリアトーレなので全部つながっていますよね。
ですのである意味、僕的にはベッテル引退からその後のピアストリの騒動まで、そこまで驚くような動きではないといいますか、『これがF1だよな』と思いました(苦笑)。こういった政治を含めてのF1です。だからこそ、当然F1の世界ではドライバーは良いマネージャーをつけないといい契約を勝ち取って生き残れません。自分の経験からもよく理解しているのですが(苦笑)、いくら良いドライバーであっても、やはり良いマネージャーがいなければF1の世界ではトップに上がっていけません。
この話はこれくらいにして(苦笑)、ベッテルに関してですが、この数年のベッテルは、フェラーリに行ってから本当のベッテルの良さみたいなものがどんどんと薄れていき、それまで楽しく走ってた雰囲気が見えませんでした。そして、それはドライバーとして一番大事な部分だと思います。メンタル的にもあれだけ難しいスポーツなので、楽しめる部分がなくなってしまうと、やはりその先の伸び代もなくなってしまいます。
自分のなかでも何か思うところはいろいろとあったかと思いますけど、アストンマーティンもチャンピオンがチームに来ればチームの価値、ローレンスとしてはランスの価値と能力を上げるという話で、そこあにベッテルがピタリをはまりました。いざアストンマーティンに加入して、そこからはまた少しずつ楽しんでいるようなベッテルも見ることができてました。
でも、だからといってまた優勝争いができるかというと、クルマ的にもチーム的にも実際は難しいでしょうし、そう思ったときにベッテル的には『もうやりきったな』という思いはあったと思います。そういった意味ではベッテル的には良い終わり方なのかなと僕は見ています。本人も、おそらくそう感じているのではないかと思います。
F1デビュー当初のキレッキレのトロロッソの頃からレッドブルにステップアップしてタイトルを連覇したベッテル、そしてフェラーリに行ってからいろいろと迷路にはまり始めるベッテル、そして最近のベッテルは風貌もかなりワイルドになって、今は『ありのままのベッテル』という感じに見えます。年齢を重ねて見かけは変りましたけど、ありのままの自分に今は戻っていて、F1というサーカスを楽しんでいた頃のベッテルが帰ってきての幕引きというところが、僕的には見ていてすごく良いなと思いました。
あのままフェラーリにいて、そのままキャリアを終わられせてしまうよりは、アストンマーティンでの2年間でベッテルらしさをもう一度取り戻し、みんなから惜しまれつつF1から去ることができるという、これほど理想的な引退はないですよね。ハンガリーGPでも10位でポイントを獲得し、これから余計なプレッシャーから開放される後半戦はすべてのサーキットで最後のレースになりますけど、そこでのベッテルの戦い方も本当に目に焼き付けたいと思います。
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<<プロフィール>>
中野信治(なかのしんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長として後進の育成に携わり、F1インターネット中継DAZNの解説を担当。
公式HP https://www.c-shinji.com/
SNS https://twitter.com/shinjinakano24
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