「焦っています」F1復帰のホンダ角田リーダーが現状を解説【知っておきたい2026年新規定PU開発3ポイント】

 

 5月24日に2026年からのF1復帰を発表したホンダ。2021年限りでの完全撤退を発表したばかりで、撤退からわずか約1年半後の復帰には国内外からさまざまな意見が飛び交うことになったが、ホンダの方向性が変わった一番の要因は、F1の2026年からの次期パワーユニット(PU)のレギュレーションが変わり、2022年にその骨子が定まったからだった。

 そのホンダのF1復帰にもつながった2026年からの新しいF1のPUについて、6月末にホンダF1の開発拠点、HRC(株式会社ホンダ・レーシング)Sakuraにて取材会が行われた。現在のF1プロジェクトのPU開発を率いるHRCエグゼクティブチーフエンジニアの角田哲史LPL(ラージプロジェクトリーダー)の解説とともに、現在のホンダの開発状況や課題をまとめた。

 現行のF1パワーユニット(PU)と2026年からのPUの変更は、大きく分類すると以下の3点に要約されることになる。

1)電動化(EV)比率の大幅増加
2)カーボンニュートラル・フューエル(CNF)の100パーセント使用
3)PU開発コストの制限(コストキャップ)

 この3点について角田LPLがレギュレーションの解説とともに、ホンダの現状について解説した。

1)電動化(EV)比率の大幅増加

 電動化の比率については、現在の電気出力120KWから350KWヘ、約3倍近くの大幅アップとなる。モーターの回転数もこれまでの50,000rpmから60,000rpmにアップし、電気比率としては、現在のICE(内燃機関エンジン):MGU-K(モータージェネレーターユニット・キネティック)の出力の83:17から、50:50に変更。つまり、2026年のF1パワーユニットの性能競争の多くはこのモーターによるパフォーマンス勝負の割合が大きくなるわけだ。

「モーターは高出力になり、エネルギーも増えます。それにより発熱が増えるので、冷却系をどのように処理していくのかがポイントになります。また、モーターが大きくなることでイナーシャ(慣性モーメント)も大きくなります」と角田LPL。

 モーターの回転数が60,000rpm、エンジンの回転数がおよそ10,000rpmとこれまで以上に差が大きくなり、クランクシャフトとモーターをつなぐシャフトの開発、そして回転数を合わせるダンピング(振動振幅を減少させる)処理が重要になる。

「第4期F1の初期でも、その部分の信頼性を確保するのに2年以上かかるなど苦労しており、今回も大きなポイントになります。モーター自体もこれまで開発の自由度が高かったのですが、最低重量や使える素材が決められ、差別化が難しくなる」と角田LPL。次期PUの要となるモーターに関しては現在、ホンダの内製で開発を進めているという。

2)カーボンニュートラル・フューエル(CNF)の100パーセント使用 

 2026年のICE(内燃機関エンジン)の出力割合が現行から下がるとはいえ、ICE関係の開発も新たらフェーズに移り、エンジン自体の性能が重要なことは変わらない。2026年の変更点としては、現在のバイオエタノール混合のE10燃料から、化石燃料をいっさい使用しない再生可能燃料100パーセントのCNFの使用が義務付けられることが大きな特徴となる。

 また、これまでの燃料の流量制限からエネルギー制限に変わることで、現在から30パーセント程度、出力が低下される方向になるという。さらに圧縮比も現行の18:1から16:1に変わることでトルク特性、制御方法などの変更が求められ、エンジン本体の主要寸法の範囲指定も規定されることになることでエンジンの構造系や燃焼系を現在からまったく新しいものに作り替えなければならない。

「我々はこれまでICEでの高速燃焼を強みとしてきたが、圧縮比が下がり燃料流量が減ることで自着火が実現しにくくなる。ICEでの燃焼系が完全に変わってきます。まずここが我々の大きなチャレンジングポイントになります」と、角田LPL。

「また、燃料が100パーセント合成燃料に変わって気化性が変わるので、それに合わせた燃焼形態になります。これまでは非常に小さいところに燃料をドバって吹いて燃やすのがF1のICEでしたが、今後はそれをきれいな状態に吹いて燃やすという形になります。燃料とハードウエアのマッチングが重要になるのと、燃料によっても左右されることになるので、燃料の開発も重要になります」と続ける。

 CNFは共有化ではなく、各チーム、または自動車メーカーがCNFを手掛ける各社と提携する形のコンペティションとなる。アストンマーチンF1とホンダは、サウジアラビア政府系の世界的総合エネルギー・化学企業のアラムコと提携している。

 また、2026年からインジェクターが共通部品となり、現在はボッシュとマレリが入札に参加している模様。ホンダとしてはマレリ製のインジェクターを使用しているが、もしボッシュに変わればさまざまなエリアで変更が必要になる。ボッシュ製はメルセデス、ルノーが使用していると言われている。
 
3)PU開発コストの制限(コストキャップ)

 ホンダが第5期と言えるF1復帰を決めるに当たって重要だったのが、このPU開発の予算制限でもあった。これまで無制限だったPU開発も、2026年からは現在のチームの予算制限と同じく制限が設けられることになる。これまで勝利のために多大な予算をかけていたホンダにとって足枷となる部分もあるが、メリットとしては予算の上限が現在より下がるため、継続参戦の見通しが立てやすい。

「開発の効率を考えなければいけなくなります。これまでの開発では部品の前例がないので、部品を作ってトライ&エラーを行ない、そこから安全率などの確立を行なってきたが、これからはシミュレーションを利用したモデルベース・ディベロップメントをしていかないといけない。部品の単価もこれまではお金に任せて表面処理などを付け加えていましたが、見直して開発していかないといけなくなります」(角田LPL)

⚫︎ホンダの現在の開発状況とライバルメーカーとの関係

2023年ホンダF1 HRC Sakura 取材会
エンジン/PUのベンチテストエリアでスタッフと話す角田HRC F1プロジェクトリーダー。2023年からもF1のPU開発はベンチテストが制限されている。

 現時点で最強と言われるホンダのPU、当然、2026年以降もアドバンテージを持っていると考えられがちだが、実際はそうとは言い切れない。わずか1年半の撤退期間が、実はライバルメーカーに対して大きなギャップともなっているのだ。具体的にはPU規定が定まったのが、昨年2022年でホンダが参戦発表を決めて開発を進めたのが今年。つまり、1年ライバルメーカに対して2026年PUの開発は遅れていることになる。

「他のコンペティターはホモロゲーション(2022年からの開発凍結)された時点で、2026年に向けて開発まっしぐらなはずなので、その分の遅れは取り戻さないといけないと思っています」と、そのギャップを認める角田LPL。

 2026年の開幕戦までは2年半以上あるが「焦っています」と苦笑いを見せる。

「ただ第4期とは違って、バッテリーやMGU-Kの駆動系の部分は基礎研究の予算は確保できていたので、ポイントは分かっていました。CN燃料についても独自にテストをしてきましたので、方向性については見えていました。ある程度のステージからスタートできていると思います」

 ホンダ社内のスタッフ数に関しても、第4期の終了時点で社内のトップエンジニアは市販車の開発分野などでレース開発から離れており、現在はまた新たな人材をHRCに集めている段階で、数はまだまだ確保しなければならない様子。新たにタッグを組むアストンマーチンも現在はメルセデスからPUとギヤボックスが供給されているが、2026年からは自社製のギヤボックスにホンダPUを搭載することになり、信頼性などの面での不安など、レース結果を出すことまで考えると課題はまだまだ山のようにある。

 現在のレッドブルとの最強のタッグが、アストンマーチンとどのような関係になるか。2026年のPU自体の開発とともに、第5期ホンダとHRCの新しいチャレンジになる。

2023年ホンダF1 HRC Sakura 取材会
ホンダのF1開発を担うHRC Sakuraの研究施設。PU開発だけでなく風洞施設、最新のシミュレーション技術室も併せ持つ四輪モータースポーツの特化開発施設

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