ルノーF1の初優勝を記録した元F1ドライバー、ジャン-ピエール・ジャブイーユが80歳で死去
ルノーF1に初のグランプリ優勝をもたらしたフランス人F1ドライバーのジャン-ピエール・ジャブイーユが、80歳で死去した。
2度のF1優勝経験者であるジャブイーユは、5年間のキャリアを通して49回のグランプリに出場。1975年にポール・リカールで開催されたフランスGPで、1回限りのエントリーでティレルからF1デビューを果たした。
その2年後、ジャブイーユはルノーのF1参戦の陣頭指揮を執った。ルノーは、2シーズンのうちに広く普及することになるターボエンジン技術の開発を行っていた。ジャブイーユは、1977年にシルバーストンで開催された第21回イギリスGPで、イエローティーポットというあだ名がつけられたルノーRS01を予選21位で通過させ、シーズン中にさらに3レースに出場した。
ジャブイーユはエンジニアリングのスキルを持ち合わせており、ルノーによる先駆的なF1マシンの開発に貢献した。
ルノーとジャブイーユにとって記念すべき 栄光の日は、彼が母国フランスのディジョンで優勝した1979年に訪れた。このレースは、ジャブイーユのチームメイトであるルネ・アルヌーとフェラーリのジル・ビルヌーブの間で、激しい2位争いが行われたことで有名だ。
ジャブイーユはその1年後、オーストリアで2回目のF1優勝を果たした。しかしジャブイーユは、モントリオールで開催されたカナダGPでサスペンションのトラブルのためクラッシュし、両足に重度の骨折を負ってしまった。翌年にはリジェに移籍して義弟のジャック・ラフィットと組んだが、怪我の回復が思わしくなかったことから平凡な成績に終わり、結局F1でのキャリアに終止符を打つことを余儀なくされた。
F1のCEOを務めるステファノ・ドメニカリは、木曜夜にジャブイーユを追悼した。
「ジャン-ピエール・ジャブイーユが亡くなったという知らせに悲しみを覚えている。彼はモータースポーツとF1に多くの貢献をした。我々は彼の思い出と功績を心にしまっている」
「つらい時期にある彼の家族と友人にお悔やみを申し上げる」
アルピーヌF1チームは、ジャブイーユのことを「謙虚なレーシングドライバーで素晴らしいエンジニア、そして我々のスポーツのパイオニア」であり、「真のレーサー」だったと表現して彼に敬意を表した。
「彼はその強靭で果敢な姿勢をもって、1977年にルノーのF1参戦の先頭に立った。彼は1979年のルノー初のグランプリ優勝者だ。それはF1におけるルノーの旅路において画期的な瞬間だった」
「彼の成功への決意と献身は多くの人々に影響を与えた。その価値は、現在では青い色をまとうアルピーヌのチームの中心にあり続ける」
「今の我々があるのは、ジャン-ピエールと彼のレガシーが生き続けているからだ。彼の家族と親しい友人たちに、心からの追悼の意を表したい」
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