【中野信治のF1分析/第13戦&前半戦総括1】別次元で戦っていたハミルトン。大きすぎるレッドブルとフェラーリのアプローチの違い
2022年シーズンのF1は新規定によるマシンの導入で勢力図もレース展開も昨年から大きく変更。その世界最高峰のトップバトル、そして日本期待の角田裕毅の2年目の活躍を元F1ドライバーでホンダの若手育成を担当する中野信治氏が独自の視点でレースを振り返ります。今回は第13戦ハンガリーGPとシーズン前半戦の振り返りを含めて、2回に渡ってお届けします。1回目は後半戦を占う上で重要なチーム戦略が分かれたハンガリーGPを、中野氏がじっくりと解説します。
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2022年F1第13戦ハンガリーGPが行われたハンガロリンクは直線があまり長くなく、小さいコーナーが連続しているサーキットで、回り込んでいるコーナーも多く、クルマの回答性が非常に重要なコースでもあります。予選では、そんなコースの特性上、トラフィックが起こってしまいます。トラフィックはチームとドライバーがコミュニケーションをしっかりと取ることが重要で、コースインのタイミングで概ね決まってしまうことが多いので、ドライバーではあまりどうすることもできません。
ですので、チームからクルマをコースに出すタイミングやピットで待つ時間などを細かく情報をもらいつつ、ドライバーとしてはタイヤの温度をうまく管理して前との間隔を作るしかないということです。こればっかりは、コース幅が小さくて小回りだったり1周の距離が短いサーキットでは毎回一緒です。
その予選では今回、ジョージ・ラッセル(メルセデス)が初のポールポジションを獲得しました。これには見ていたF1ファンのみなさんも大興奮したと思います。予想外と言っては失礼ですけど、今回は上位に来るだろうとは思っていましたが、まさかポールポジションを獲得するとは思いませんでした。マックス・フェルスタッペン(レッドブル)にパワーユニットトラブルが発生したり、ルイス・ハミルトン(メルセデス)もDRSにトラブルを抱えていたという状況でしたが、メルセデス、そしてラッセルがポールポジションというのは意外でした。
少なくとも予選でメルセデスがフェラーリが互角の戦いができたということは、メルセデスにとって非常に大きな前進です。あとは、やはりラッセルの一発アタックでタイムを出しに行くときの集中力とうまさが出ました。本当にここぞというとき、人間は硬くなってしまってどうしても何かミスを犯しやすくなります。ウイリアムズにいたときから非常に評価されていたと思いますけど、そういった場面で最高のベストラップをまとめてくるラッセルは、今回の予選で改めて能力の高さを証明しました。
ですが、メルセデスのマシン自体がそこまで向上したかと言われると、どうでしょう。アタックラップのラッセルのオンボード映像も見ましたけど、一発アタックに関してはフェラーリとレッドブルに引けを取らない動きになっているようには見えました。これまでのポーパシングが解消されていて本当にマシンが跳ねていないですし、フロントの入りもよくて、コーナーでもよく曲がっていました。回頭性が良くトラクションも早くに掛けられていましたけど、それでもまだ少しフェラーリと比べたときの動きは若干のダルさ(Dull/鈍さ)を感じます。ただ、昨年までの本当に良かった頃のメルセデスの動きに少し似てきている感じはしました。
また、ハンガロリンクはパワーユニットの差が出にくいサーキットなので、その部分も今回のメルセデスに対しては影響が大きかったのかなと思います。ストレートが長いとパワーユニットの差も出てくるので、パワーユニットを除いた純粋なマシンのポテンシャルで争う割合が今回のハンガリーGPでは大きかったように感じました。そういった観点から言っても、今回の予選ではメルセデスがフェラーリとレッドブルに一番近づくことができるチャンスだったのかなと思います。
対してレッドブルはセルジオ・ペレスがトラフィックに引っかかってしまったり、フェルスタッペンにトラブルが起きてしまったため、正直どれくらいのタイムが出せるかというのは分かりませんでした。レッドブルが普通にアタックできていたらメルセデスはやられていたかもしれませんが、いずれにせよ際どいところで大きな差は生まれなかったと思います。フェラーリも別に大きく低迷したというわけではないと思うので、そういった意味では、今回の予選のメルセデスとラッセルは本当に正当に評価されていいものだと思います。そういった意味で、今回のハンガリーではレッドブル、フェラーリ、メルセデスが今シーズン一番近づいたレースだったと思います。
そうった意味でも、決勝で10番グリッドスタートのフェルスタッペンがあそこまで独走で勝つとは、正直、意外でしたね。今回のフェルスタッペンの一番の勝因はハードタイヤでスタートしようとしたところ、グリッドに並ぶ際のレコノサンスラップでのフェルスタッペンのコメントが大きかったと思いますけど、ハードタイヤスタートは厳しいことを感じ、ユーズドのソフトタイヤスタートに切り替えて作戦をイチから立て直したことです。あの短い時間のなかでの決断はすごく勇気が必要だと思いますが、これがすべてでした(フェラーリ、ハミルトンはミディアム、ラッセルはソフトを選択)。
ソフトタイヤでのスタートは結構勇気が必要で、初日は気温と路面温度が高かったのでソフトは結構厳しく、逆にハードのほうがしっかりと発動していたと思うのでハードでもいけるというデータはあったと思います。ですが、決勝日は初日と比べると路面温度が20度くらい低かったので、その状況でのタイヤ選択は正直分からなかったと思います。それを素早くレコノサンスラップで判断し、初日の感じだとハードでもいけるという雰囲気があったと思いますけど、決勝日はムリだと判断してソフトを投入してきた決断力です。
この決断力は今年のレッドブルの強さの大きな理由だと思います。その場、その状況に合わせた臨機応変さと柔軟さを兼ね備えています。これは昨年メルセデスとチャンピオン争いをして、激しい戦いを勝ち抜いて得た経験が活きていると思います。メルセデスとの戦いで磨かれたレッドブルの今年の強さ、そしてメルセデスもクルマが良くなってきたら同じように上位に来ると思います。今回の対応は、これまで常にトップのギリギリのところで戦ってきたチームと、久々にトップ争いに帰ってきた印象のあるフェラーリとの差なのかなと感じました。
そのフェラーリの2台はミディアムタイヤでスタートしましたが、ミディアムもあの順位からのスタートであれば全然失敗ではなく、むしろ正攻法、王道だったと思います。レッドブルのソフトが保った理由は、ハンガロリンクというサーキットの特性上、燃料を積んでクルマが重いスタート直後でも、高速コーナーが少ないのでタイヤがそこまで大きな荷重で動くわけではありませんし、タイムもミディアムとの差も少なく、ソフトでも燃料が重い状態だと悪いところが出ません。それがひとつ大きかったことと、追い上げという部分ではハンガロリンクは直線が短いのでコーナリングスピードが重要になります。ミディアムに対してソフトでコーナリングスピードが速かったので、意外と楽にオーバーテイクができたこともフェルスタッペンの勝因のひとつです。
一方でポールポジションスタートのラッセルもソフトスタートでしたけど、大きくは逃げられませんでした。前半はすごくいいペースで後続を引き離しましたけど、スティント中盤以降はタイヤが少しタレてきてタイムも落ち始めてしまいました。それでもラッセルはシャルル・ルクレール(フェラーリ)に追いつかれてからもうまく抑え込んでいました。その後、ラッセルとフェルスタッペンが16周目に同じタイミングでピットに入りソフトはそのあたりが限界のタイミングで、ミディアムはハミルトンが19周目、ルクレールが21周目にピットインします。
ルクレールは、おそらくここまで作戦的には間違っていません。ラッセルとフェルスタッペンに関しても順当な形でピットに入ってきていました。そしてここでトップのラッセルと2番手ルクレールのバトルが繰り広げられます。ふたりとも、2スティント目は同じミディアムタイヤでした。
●ハミルトンの驚異的な追い上げに見えた、苦しいシーズン前半で身につけたスキル
ラッセルはめちゃくちゃさりげないブロックをするドライバーです。言葉が正しいかどうか分かりませんが、いやらしいブロックをして常に相手にとって一番嫌な位置取りをしてきます。それも本当に強心臓じゃないとできないブロックです。クイックに動くような分かりやすいブロックと違い、いやらしいブロックは、表現が正しいかどうか分かりませんが“図々しいヤツ“しかできないんですよね(苦笑)。
結局、ルクレールがラッセルをオーバーテイクしますけど、このあたりはタイヤの差というのも大きいかなと見ていて思いました。ルクレールのタイヤもこのときは元気で、ルクレールのうまさもありましたけど、クルマの状況の差もあってルクレールが見事なオーバーテイクを見せました。ですので、ミディアムタイヤでのクルマの動きに関してはメルセデスよりもフェラーリに分があるのかなと感ました。
その頃には2スティント目でミディアムタイヤを装着したフェルスタッペンも4~5番手に順位を上げてきており、どんどんとタイムアップもしてきました。そして、そのフェルスタッペンと同じくらいペースが良かったのがハミルトンです。今回、あまりハミルトンは目立っていませんでしたけど、見ていてすごいなと思ったのがハミルトンのタイヤマネジメントです。決して走り始めは速くないんですけど、本当に周回を重ねるごとに周りとのタイヤの差がどんどんと生まれてきます。
今年のメルセデスのクルマがシーズン前半にポーパシングなどで苦しんでるときに、今年18インチになって新しくなったタイヤの使い方も含め、ハミルトンは全然違うところでまったく別の戦い方をしていたんだなということのが今回よく分かりました。今のハミルトンのタイヤの使い方は全然目立ってはいませんけど、他のドライバーよりも頭ひとつ抜けてうまいです。レース中盤から後半に向けてのタイヤの守り方、ペースの上げ方、そしてメルセデスの今のポテンシャルを考えるとハミルトンの戦い方のうまさというは実はすごいことです。
シーズン前半はただ苦しんでいただけではなく、今年の苦しい状況のなかで結果を出すためにはどういうタイヤの使い方をしなければならないということを、徹底して勉強してきていて、それを自分のものにしているということが今回のハンガリーGPで感じました。ただ単に不調で沈んでいたわけではなく、その間にやるべきことをハミルトンはきっちりとしていました。ラッセルの影に隠れて目立ちませんでしたけど、ハミルトンなりの戦い方をずっと模索しながらレースをしていたことが分かりました。
ハンガリーGPのレース終盤でも、ラッセルとはタイヤのコンパウンドが当然違ったとはいえ、同じクルマを使うチームメイトをあっさりと追い抜いていったのは本当に印象的なシーンでした。あのシーンも結局、タイヤをうまく保たせて走っていたからこそで、それまでの2スティントでミディアムでもタイムを落とさずにプッシュできて、そのポジションだからこそユーズドのソフトに変えることもできたという頑張りもあります。
そういったことも考えると今回のハミルトンはさすがのパフォーマンスで、僕のなかのドライバー・オブ・ザ・デーになります。本人も予選でDRSトラブルがなければ優勝争いに絡んでいたとコメントしていましたけど、その言葉もまんざらではありませんし、今回はラッセルの上に行っても不思議ではなかったと思います。ラッセルはポールポジションを獲得して目立っていましたけど、その影に隠れて、やはりハミルトンだなという王者の引き出しの多さ、奥の深さというのを見ました。
レース終盤は気温が低かったり、少し雨がぱらついたりもして路面コンディションが変わったこともあり、そこにソフトを当て込めたことも大きかったです。ソフトが意外とうまく機能したというは、やはり気温と路面温度が下がってくれたということが大きかったと思います。そして、その真逆をしてしまったのはルクレールです。3スティント目にハードタイヤを選択して、その後、4スティント目にユーズドのソフトに代えました。ルクレールに関してはとにかく正攻法でスタートしながら、第1、第2スティントをミディアムで引っ張ることができなかったことが最大のミスだと思います。
なぜフェラーリは真逆の戦略を採ってしまったのか。おそらくフェラーリは、金曜日の高い気温のなかで走っていたハードタイヤで、このタイヤなら長くいけるからピットストップは1回で行けるということを考えていたと思います。そのことがあってのハード装着という判断だったとおそらく思います。
机上の空論ではないですが、データだけ見ていると『このタイヤでもいけるはず』みたいなことが、あの段階では可能性はゼロではなかったのでしょう。それに加え、フェラーリは相手の動きに乗っかりすぎてしまいましたね。2回目のピットインのタイミングを、フェルスタッペンに合わせる必要はなかったと思います。勇気を持って、もっとミディアムで引っ張っていれば違った絵が見えてきたと思います。フェラーリもソフトはユーズドしか持っておらず、金曜日の感じからしてソフトは保たないかなという思いも少しあったはずです。
そういった真相は我々が知り得ない、いろいろな理由があっての判断だったと思うので、一概にフェラーリの戦略が200パーセント間違っていたわけではありません。ただ、そういったときのリスクといいますか、その戦いに慣れてるメルセデスとレッドブルだったら、もしかしたらそのあたりは違った判断を下していたかもしれません。
僕はやはり戦っている現場にいる人間ですし、日本のレースですけど監督としてピットレーン側にもいた人間なので、臨機応変に戦略を変えていくことの難しさは分からなくありません。ただ、やはりF1でチャンピオンを獲るというと、固定された堅い戦略だけでは獲ることができません。フェラーリはそのあたりをもっとブラッシュアップが必要だということはルクレールもレース後のインタビューで話していたので、そこがフェラーリの足りないところのひとつであることは間違いないですね。
【前半戦総括2『角田裕毅の成長と課題、引退ベッテルに見る理想の幕引き』へ続く】
<<プロフィール>>
中野信治(なかのしんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長として後進の育成に携わり、F1インターネット中継DAZNの解説を担当。
公式HP https://www.c-shinji.com/
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