【F1チームの戦い方:小松礼雄コラム第15回】入賞の可能性を見出すべく戦略を決断。ペース不足に悩むも、ハード回避は正解
2022年シーズンで7年目を迎えたハースF1チームと小松礼雄エンジニアリングディレクター。アメリカ大陸での2戦目は、シーズンのなかでももっとも標高の高い都市で行われるメキシコGPだ。ここでハースはペース不足に悩まされたものの、レースのオペレーションや戦略、ピットストップなどをうまくこなすことができたという。そんなメキシコGPの現場の事情を小松エンジニアが振り返ります。
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2022年F1第20戦メキシコGP
#47 ミック・シューマッハー 予選16番手/決勝16位
#20 ケビン・マグヌッセン 予選15番手/決勝17位
前戦アメリカGPで、ハースはレッドブルとアルピーヌに対する抗議を行い、それが受理され、アルピーヌに関してはフェルナンド・アロンソにペナルティが下されました。しかしその後ペナルティは取り消しになったので、その流れについて少し説明しようと思います。
アルピーヌはアロンソのペナルティに対して抗議を行いましたが、ペナルティに抗議(protest)を行うことはできないので彼らの言い分は通りませんでした。しかし、その後アルピーヌは、この聴聞会を通じて新たな事実が明らかになったので、ハースの抗議を受理したこと自体を見直すべき(Right of Review)という申請を出しました。ここでの争点はもはや『ミラーの安全性、ブラック&オレンジ旗、アロンソへのペナルティ』ではなく、ハースの抗議がインターナショナルスポーティングコードで定められている30分以内に提出されなかったので受理されるべきではないという点に変わりました。
もちろん、アメリカGP直後のスチュワードが抗議を受理するかどうかを判断する段階で僕とギュンター(・シュタイナー)を呼び、何故提出が遅れたのかを質問しました。僕たちの答えが妥当だと判断して、スチュワードは抗議を受理することに決めたわけです。当初アルピーヌはこの経緯を知らなくて、メキシコに入ってから木曜に行われた聴聞会で初めて知ったので、「新たな事実」として申請を出したわけです。
その結果スチュワードがそれを「新たな事実」であると認め、ハースの抗議を受理するべきではなかったという結論に到達し、裁定が覆りました。ちょっとおかしいのはスチュワードにとっては「新たな事実」は何もないのに、これを認めたことです。本当のところは、スチュワードが当初の『ハースの抗議を受理する』という判断が間違っていたことをどこかで認めざるを得なくなったということです。
このプロセスはあまり愉快なものではありませんでしたが、よかったこととしては、その後FIAが声明を発表して、これまでのブラック&オレンジ旗の運用に関する判断に一貫性がなかったことを認め、今後はエンドプレートのダメージなどについては旗は出さずに以前のような運用の仕方に変えると宣言したことです。そもそもイギリスGPの時点で、ブラック&オレンジ旗を出す際は『チームにコンタクトをとって技術的フィードバックを聞く』ということが決まっていたにもかかわらず、ハンガリーGPやシンガポールGPでケビンに旗が出された時にはそれがありませんでした。アメリカでの僕たちの抗議は、一貫性のない裁定を下すレースコントロールやFIAに対する抗議でもあったので、そういう意味ではひとつの目的を達成したのではないかととらえています。
■2台で戦略を分けてSCをカバー。ハードタイヤは回避が正解
さてメキシコのレースですが、今回はハードタイヤを避けるという選択が正解だったと思っています。アルピーヌなどを見ればわかりますが、第2スティントでハードを履いた彼らは遅かったですよね。マクラーレンで言えば、早い段階でハードに履き替えたランド・ノリスと、ミディアムタイヤで引っぱってソフトタイヤを履いたダニエル・リカルドのペースの違いも明らかでした。
僕たちは最初からハードはうまく作動しないと考えていたので、スタートでも第2スティントでもハードという選択肢はもともと捨てていました。ハードを履いた他車のタイムを見て、もし想定外に速ければウチもハードを履くことを考えたかもしれません。ただ一番最初にハードを履いたニコラス・ラティフィ(ウイリアムズ)のペースが遅かったので、ハードはやはり機能していないと結論を出しました。
土曜の夜に行ったシミュレーション結果から、最もいい戦略はミディアムタイヤでスタートし、その後燃料が軽くなって路面温度も下がった段階でソフトタイヤに履き替えるというものでした。ケビンにはこのセオリー通りにミディアムタイヤでのスタートを選びました。
ミックと戦略を分けたのは、2台でセーフティカー(SC)が出るタイミングをなるべく広くカバーするためです。というのもメキシコでは残念ながらウチのペースが遅くて、SCなど何かラッキーなことがないと順位を上げるのが難しい状況でした(ここはオーバーテイクが難しく、タイヤのデグラデーションも小さくいので、みんなが1ストップ戦略になります)。グリッドではミックの前に選手権を争うアルファタウリの2台がいたので、コース上での追い抜きが難しいことを考えて、スタートでなんとか順位を上げてそこから彼らを抑えてもらおうという目論見でした。そうでもしないと、入賞の可能性が見えてこなかったからです。
メキシコGPでは、レースのオペレーションやタイヤ選択、ピットストップなどはすべて上手くやることができました。ですが遅かったことについては、あれでクルマの限界だったのかどうかは確実にはわかりません。たとえばミックは予選Q1で1分19秒695というタイムをマークしましたが、ターン2でのトラックリミット違反により抹消されました。ですが実際にはターン2でのゲインはありません。もしこのタイムが有効だったら、Q1を7番手で通過できていました。それだけのポテンシャルがあるということです。
ケビンはFP1でピエトロが乗った際にターボとMGU-Hが壊れたこともあって、FP2で今季用タイヤを履いて走ることが許されていた時間帯に交換作業を行ったせいで走ることができませんでした。FP3ではDRSが作動しない問題があり、準備不足のまま予選に臨まなければならなかったのですが、それでもあのタイムだったことを考えると、日本GPから3戦続けて予選でパフォーマンスを発揮できず、悪循環に陥っているというのが今の一番厳しいところです。
■疑問の残るコストキャップへの罰則
メキシコでは、コストキャップを超過したレッドブルに対する罰則が明らかになりました。これはあくまで僕の個人的な意見ですが、罰則としては軽いものだと思っています。この程度の罰則ならば他にも上限を超えるチームが出る可能性があり、そうなると収拾がつかなくなるので、もっと厳しい罰を下すべきではないでしょうか。コストキャップを超過した2021年にそのチームのドライバーがチャンピオンになった事実が変わらないのも正しくはないですよね。
ひとつの例として、スポーツは違いますが、サラセンズというイギリスのプロラグビーチームの話をしようと思います。イギリスのラグビーの選手権では、各チームに対して、選手のサラリーに関する上限が定められています。サラセンズの給料が正しく申告されておらず3シーズンに渡ってこの上限を超えていたことが2019年に発覚しました。その結果、2019年シーズンの結果から彼らは35ポイントを剥奪され500万ポンド以上の罰金も科せられました。そして2020年は2部リーグ(チャンピオンシップ)に降格となりました。
サラセンズというチームはイギリスのみならずヨーロッパで1、2を争う強豪チームで、イングランド代表チームに入る選手も数人所属していました。2部降格というのは国の代表クラスで活躍する選手にとっては選手生命に関わることなので、1年間他のチームに移籍した選手もいるくらいです。それくらい重い罰だったので、こういうレベルでやらないと、意味がないのではないかと感じています。
それに罰金や風洞テストの時間を10%削減と言われても、ファンの人たちにとってはわかりにくいのではないでしょうか。そういうことも考慮して、ペナルティの内容を決めるべきだと思います。ポイントを剝奪されて然るべきだと思います。
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