【中野信治のF1分析/第18戦日本GP後編】奇跡の連続となった決勝日。『ホンダの想い』鈴鹿でついに結実
ついに実現した3年ぶりのF1日本GP、前編につづき、後編は決勝レースを中心に、元F1ドライバーでホンダの若手育成を担当する中野信治氏が独自の視点で振り返ります。フェルスタッペンの連覇決定のドタバタ、雨の中で3時間応援してくれた日本のファンへの感謝、そして初の母国グランプリとなった角田裕毅についてお届けします。
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決勝日には内閣総理大臣の岸田文雄首相も鈴鹿に来場されていました。日本のレース界にとって、この来場は本当に大きな一歩といいますか、すごく意味のある行動だったなと思います。岸田首相来場のバックグラウンドで何があったのかは存じ上げないですけども、やはり現役の首相が会場に来るということは日本でのF1の存在感も非常に上がります。レースに興味ない人たちの見る目も少し変わってくると思いますし、こういった機会を今後も続けることも大事です。
そういった意味で、これからの日本モータースポーツ界も変化していかなければならないと改めて思いました。もっと言えば国内のレースにも岸田首相ではなくとも、たくさんの著名な方が来てもらえるような流れができてくると、日本のなかでのモータースポーツの存在感がどんどんと上がっていきます。今回の岸田首相の来場がいいきっかけになればいいなと思って見ていました。
そして決勝レースが始まりましたが、予報どおりの雨になりました。特に最近のF1ですと、少し雨が多くなると走行を止めるということはお決まりのパターンで、もちろん安全のために仕方ないことではあります。スタート直後のオープニングラップで数台のマシンがコースアウトするなどしてすぐに赤旗になりましたが、あのカルロス・サインツ(フェラーリ)の単独スピンからのクラッシュは起こるべくして起こってしまったことなのかなと思います。
あの雨量ではウォータースクリーンで目の前がほとんど見えないですし、路面のどこに川があるかなどがわかりづらい状況でした。サインツにとってはもちろん可哀想な出来事でしたが、そのなかで幸運だったのは二次的にぶつかってしまうドライバーがいなかったことです。
レースは赤旗中断になりましたけど、この中断が本当にドライバー、お客さん、チーム、我々解説陣にとっても、なかなか大変な時間でした(苦笑)。ですが、そんな状況でも日本のお客さんたちが席を立って帰らず、レースが再開するまで、そして始まってからも多くの観客が最後までサーキットに居続けてくれたことは、やはり海外のF1関係者、チーム関係者に『日本のお客さんはすごい』と響いていたと思います。
日本の鈴鹿サーキットでF1日本GPを行うということの本当の意味のようなものを感じさせてくれましたし、難しいことは全部ほっといて、こういったお客さんがいる、熱心に見に来てくれるお客さんの前で走ることができるのは最高だということを、F1チームの人たちは思ってくれたはずです。
赤旗中にメカニックたちがグランドスタンドに向けてウェーブを呼びかけたり、裕毅などドライバーたちもスタンドに向けて手を振っていたり、いろいろなことをしていました。そのアクションを起こさせたのは、やはり日本のお客さんの情熱や想いです。そのことを改めて感じることができました。
逆に考えると、あの赤旗中断は意味のある中断だったなと僕はポジティブに思っています。あの赤旗中断があったからこそ、日本の観客の素晴らしさが改めてF1関係者にも伝わったと思いますし、こういった情熱や想いを持ったファンたちがいる日本GPをなくしてはダメだよなとも思ったはずです。もちろん日本GPの開催継続には開催料などの交渉が必要ですが、それだけではないファンのエネルギーとうのは、今後の日本でのF1開催にすごく意味があると思います。
そこから再開されたレースもスプリントレースのようになり、濃密な内容が盛り込まれた展開になりましたね。そのなかで最後はシャルル・ルクレール(フェラーリ)とペレスの2番手争いが白熱しました。
雨でDRSも使用できないのでオーバーテイクが非常に難しい状況で、2番手のルクレールはフロントタイヤが終わってしまっている状況でしたが、3番手のペレスは何をしても追い抜けないという展開でした。ルクレールもうまくペレスを抑えていたので、そういった意味ではふたりともが本当に死力を尽くして戦い、そして最後の最後でドラマを生み出しました。
●不明瞭なレギュレーションでチーム関係者もチャンピオン決定がわからず
そのひとつの理由というのは、僕的に今年のレギュレーションがあったのだと思います。どのタイミングでチェッカーフラッグが振られるかということが、正直、メディア側としては誰も正確に理解できていた状況ではありませんでした。2時間ルールと3時間ルールとの違いというをみんなしっかりと把握できていなくて、我々解説している側も『もう1周あるよな』と思ったのですが、そのことはドライバーも思ったはずです。
ですので、2番手争いをしているルクレールもあと1周残っていると思っていたはずで、あのシケインでのオーバーランは、その周が最終ラップだとわかっていたらペースを抑えることができたはずです。この最終シケインをクリアすればフィニッシュだと思っていたら、ベタベタにイン側を抑えながらブレーキングも手前にすることで、ペレスをなんとか抑えられたはずです。
ですが、そこであと1周あると思ってしまったために、ミラーを確認しながらブレーキングも遅らせてベストなラインでシケインを通過しようとしました。そしてわずかな時間ですがミラーを見てしまったために若干ブレーキングポイントが遅れて奥になってしまい、フロントタイヤも終わっていたのでオーバーランしてしまいました。
おそらくですが、ルクレールのオーバーランはそういったいろいろな要素が重なってしまった結果のミスなのだと思います。結果的にはそのシケインでの出来事がフェルスタッペンのチャンピオン決定につながりました。もちろんそこに至るまでは、ペレスが本当に辛抱強くルクレースにプレッシャーをかけ続けた結果もありますけど、それだけではない目に見えない理由もあったのだと思います。
また、フィニッシュしたときも与えられるポイントがハーフポイントなのかフルポイントなのか正直わかりませんでした。僕ら解説している側も、普通に考えるとハーフポイントだと思っていましたけど、今年からスポーティングルールが変わり、赤旗中断からの再スタートになると、赤旗中断を含んでの3時間レースになるのですが、赤旗中断後に再スタートをしてフィニッシュすると、そのレースはフルポイントになるとのことでした。ですが、ほぼすべてのメディア、ジャーナリストやチーム関係者ですら、フェルスタッペンがフィニッシュした時点ではそのことはわかっていませんでした。
チェッカー直後は『1ポイント足りないよな』ということを思っていて、フェルスタッペンのチャンピオン決定を言い出すことができない状況でした。レースの中継に映されたポイント表はフルポイントになっていましたけど、このポイント表はおかしいということを思い込んでいました。そういった混乱もあり、そしてチェッカー後にはルクレールに5秒加算ペナルティも出て2位から3位になり、いろいろな混乱がミックスされてフェルスタッペンのチャンピオンが決まるという、信じられないような結末でした。
●ホンダの奇跡と、初めての母国グランプリで満点の走りを見せた角田裕毅
いずれにしても、日本のファンとしてはすごく嬉しい瞬間だったと思いますし、いろいろな目に見えない力がエネルギーに変わり、こういった奇跡的な出来事を引き起こしたのかなとも思ってしまいます。
ホンダが開発したパワーユニットは昨年、日本を走ることができませんでしたが、今年の日本GPでこんな結末になり『持っているな』ということは少し思いました。表彰台にはHRC四輪レース開発部部長の浅木泰昭氏が登壇していましたけど、その場面を見て、ここに至るまで、ずっとホンダが戦い続けた想いのようなものが形になったのかなと思います。
もちろん、本当に思い描いていた形ではないとは思いますが、でもやはりこの鈴鹿サーキットで今回の結末になったことは、神がかりとは言いたくありませんけど、何か不思議な縁や力を感じました。ありえないことが重なったので、そこにいろいろな人たちの想いもあるのですけど、やはり絶対に忘れてはいけないのは、ホンダの第4期F1活動でいろいろなことが起こりながらも、昨年ワールドチャンピオンにまで上り詰めました。
そして今年は自動車メーカー『ホンダ』としてのパワーユニット供給ではなくなってしまいましたけど、ホンダの開発したパワーユニットの力が今年のチャンピオン獲得も大きく後押ししたことは間違いありません。その点と点が繋がって線になり、そして今回の鈴鹿で形になったのだと感じました。
最後に母国GPを迎えた裕毅に関してですが、レース前の番組でも本人と話をしましたけど全然リラックスして日本に戻ってきていました。スクール時代に何度も走行していた鈴鹿ですが、あまりにも見る景色が違ったのだと思います。鈴鹿サーキットに行っても何度か顔を合わせて話をしましたけど、緊張感みたいなものは多少あったと思いますが、それよりも本当に母国に凱旋して日本GPを走るということで、喜びや楽しみが多い印象でした。自分自身をこれだけの人たちが応援してくれていて、そのなかで走るという喜びといいますか、そちらを楽しんでいた感じでした。
そのことは走りにも出ていたと思います。初めて鈴鹿でF1マシンを走らせた週末でしたけど、順調に走行を重ねてポテンシャルも引き出すことができていました。レースに関しても、特に前半のペースはすごく良かったですし、トータルで見ても大きなミスなく、本当にマシンのパフォーマンスは100パーセント引き出せていたように見えました。予選もうまく決めて自分のすべてを引き出したということを言っていましたし、初めての日本GPとしては本当に満点に近い走りができたのではないかと思いました。
日本GPでは週末を通してガスリーに対してもリードしていましたし、むしろガスリーの方が気持ちが乱れているといいますか、アルピーヌへの移籍も決まったのでいい結果を出したいという思いもあったかと思います。クルマの方でも予選ではブレーキの調子が悪くて思ったとおりの走りができませんでした。ブレーキのトラブルは裕毅も一緒でしたけど、ガスリーの方が酷かったようなので、そのイライラが走りにも現れていました。一方で裕毅は自分自身のベストを尽くして、集中してレースをうまく走っていた印象です。
裕毅には初めての母国グランプリを本当に楽しんで欲しいという思いが大きかったのですが、それをまさに実行できていたと思いますし、楽しめてるイコール気持ちよく走れている証拠でもあるので、絶対結果にも繋がります。
ですので、これからのシーズン終盤に向けての流れ、さらには来年にはデ・フリースがチームに加入してきます。そのデ・フリースが来る前に、もっとアルファタウリのなかで自分自身のポジショニングを確立していく必要があると思いますし、そのためにも今のチームメイトであるガスリーよりも前を走行するということはチームに対して大きなアピールになると思うので、アルファタウリ内での主導権を握るためにも、これからも引き続き集中してほしいです。
<<プロフィール>>
中野信治(なかのしんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長として後進の育成に携わり、F1インターネット中継DAZNの解説を担当。
公式HP https://www.c-shinji.com/
SNS https://twitter.com/shinjinakano24
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