レッドブルとホンダの関係性。ホンダF1事業の理想的な未来予想図を考察する【大谷達也のモータースポーツ時評】

 

 モータースポーツだけでなく、クルマの最新技術から環境問題までワールドワイドに取材を重ねる自動車ジャーナリスト、大谷達也氏。本コラムでは、さまざまな現場をその目で見てきたからこそ語れる大谷氏の本音トークで、国内外のモータースポーツ界の課題を浮き彫りにしていきます。今回は、レッドブルとホンダの現在の関係、そしてホンダF1事業の未来予想図について考察します。

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 私は、ポルシェとレッドブルの交渉が決裂した背景には、なんらかの形でホンダが関係していたと見ている。これを裏付けるかのように、この夏以降、レッドブルとホンダの関係は急接近してきた。

 まず、ホンダのパワーユニットに関する技術支援を当初の2022年限りで打ち切るのではなく、レギュレーションが改正される直前の2025年まで継続されることが8月2日に発表された。

 さらに、日本GP直前の10月5日には「日本GP以降、レッドブルとアルファタウリのマシンにはHRC(ホンダ・レーシング・コーポレーション)のロゴにくわえてHondaのロゴを掲げる」「セルジオ・ペレスがホンダ・レーシングスクール鈴鹿のアンバサダーに就任し、ドライバーアカデミーに参加する」「11月27日のホンダ・レーシング・サンクスデイにレッドブルのフェルスタッペンとペレス、アルファタウリのピエール・ガスリーと角田裕毅が参加する」の3点を公表。両陣営の親密振りをアピールしたのである。

11月27日にモビリティリゾートもてぎで開催されたホンダ・レーシング・サンクスデイ。マックス・フェルスタッペン(レッドブル)を追うピエール・ガスリー(アルファタウリ)。その後ろにはスーパーフォーミュラの野尻智紀(TEAM MUGEN)。
11月27日にモビリティリゾートもてぎで開催されたホンダ・レーシング・サンクスデイ。マックス・フェルスタッペン(レッドブル)を追うピエール・ガスリー(アルファタウリ)。その後ろにはスーパーフォーミュラの野尻智紀(TEAM MUGEN)。

 12月に入ると、両社の将来的な関係強化を強く印象づける発表がふたつ立て続けに行われた。ひとつは、HRCの渡辺康治社長が12月12日に公言した「HRCによる2026年以降のF1のパワーユニット製造者登録」であり、もうひとつは12月15日に発表された2023年F1エントリーリストのパワーユニット製造者として「Honda RBPT(Red Bull Power Trains)」の名前が記されていたことにある。

 ご存知のとおり、2021年限りでのホンダのF1撤退に伴い、2022年にレッドブルとアルファタウリが使用するパワーユニット製造者は「Red Bull Power Trains」の名で登録されていたが、2023年には「Honda」の名前が復活することになったのだ。

 これらのニュースに触れた私は「2026年以降のレッドブルとホンダの提携発表は間近」と推測したのだが、ことはそれほど簡単ではないらしい。

 まず、ホンダは2020年に「2050年カーボンニュートラルの実現」をするためにF1活動を終了したという経緯がある。すでにF1パワーユニットの開発に関わっていたエンジニアは、電動化技術開発に関連する部署への転属を終えているというが、発表からわずか2年で「またF1をやります」というのはさすがに気まずいだろう。

F1活動を終了し、2050年の『カーボンニュートラル社会』を目指すホンダ。F1での活動は2021年をもって終了する予定だったが……。
F1活動を終了し、2050年の『カーボンニュートラル社会』を目指すホンダ。F1での活動は2021年をもって終了する予定だったが……。

 そこには株主やファンに対する体面という問題も含まれているはずだし、「2040年までにEV、FCVの販売比率100%を目指す」という同社の長期戦略とも相容れないものがある。

「レッドブルが戻って欲しいといっているし、カーボンニュートラル関連の技術者移管はすでに終わっているのだから、やっぱりF1に復帰する」と、おいそれとはいえない状況であるのは間違いないだろう。

 しかし、ここにきてレッドブルとホンダの間にもある種の“溝”があることが明らかになってきた。

 前項でリポートしたとおり、レッドブルは自社製パワーユニットの開発ならびに生産体制を確立すべく、現在の施設の建設などを進めている。自動車メーカーではない、もとをただせば“ただ”のドリンクメーカーが、ここまでの情熱をF1に傾けようとしている事実には、ただただ脱帽するしかないけれど、もしもホンダ製パワーユニットを受け入れることになれば、これまで準備してきたものがすべて無駄になってしまう。それはさすがに、レッドブルとしても避けたいところだろう。

ホンダが2021年末でのF1活動終了を決めた後、レッドブルは自社製パワーユニットを作るためにレッドブル・パワートレインズを設立。2022年から2025年にかけてPU開発が凍結されることが決まったことで実現。
ホンダが2021年末でのF1活動終了を決めた後、レッドブルは自社製パワーユニットを作るためにレッドブル・パワートレインズを設立。2022年から2025年にかけてPU開発が凍結されることが決まったことで実現。
レッドブル・レーシングのファクトリー
レッドブル・レーシングのファクトリー

 もっとも、レッドブルがすでに完成させているのはICEの開発・生産体制であって、MGU-Kなどのエネルギー回生装置(ERS)に関してはまだ手薄か、準備段階とされる。このため「ICEは自社製、ERSも将来的には自社製を目指すが、当面はホンダの協力を得る」という案が、レッドブル内部では検討されているようだ。

 しかし、ホンダ側はあくまでもパワーユニット全体の供給を希望しているというのが、今回、私が入手した消息筋の情報である。

当初2022年末までホンダ・レーシング(HRC)がレッドブル・パワートレインズに技術支援を行う契約だったが、後に2025年末まで契約を延長。
当初2022年末までホンダ・レーシング(HRC)がレッドブル・パワートレインズに技術支援を行う契約だったが、後に2025年末まで契約を延長。

 ホンダが、やるからには“すべて”をやりたいと考えている気持ちはよくわかるし、それがホンダらしいやり方であるのも明らかだ。しかし、レッドブルにしてみれば、2020年にホンダが「参戦を終了する」ことを決めなければ、巨額の投資をしてレッドブル・パワートレインズを立ち上げる必要もなかった。いまさらホンダが「全部やらせてくれ!」と言い出しても簡単に鵜呑みにできないのは当然といえる。

 では、将来的にどのような決着が想定されるのか?

 ひとつは、ホンダがパワーユニット・サプライヤーとして全面的に復帰するというもの。しかし、この場合には、F1社会やユーザー、株主などにホンダがF1に復帰する意義や価値を納得してもらわなければいけない。場合によっては「2040年の全面電動化」を撤回する必要性に迫られるかもしれないし、レッドブルに対しては「今後はもう撤退しません」ということをかなり強固に約束しなければならないだろう。

 その一方で、われわれ日本人ファンにとって、これがいちばん嬉しい解決方法であることもまた事実だ。

 もうひとつは、レッドブルの期待どおり、ERS関連の開発ないし製造のサポートのみを行うというもの。これであれば、ホンダが世間一般からの支持を得るのは難しくないだろうが、「ホンダがF1活動を行っている」というアピールはしにくく、またホンダ社内の技術者もモチベーションを維持するのは難しいと予想される。

 私自身は、レッドブル、F1社会、そしてユーザーや株主からの理解を得るための“約束”ないし“禊ぎ”をしてから、ホンダが全面的にF1に復帰することを期待したい。そして、今度こそは安易に方針を変更せず、長期的に参戦し続ける体制を築きあげて欲しいと望んでいる。

 ホンダは、独創的で革新的な技術を生み出してきたところに最大の特徴がある、2輪・4輪メーカーだ。その道のりに、数々の困難が待ち構えていただろうことは容易に想像できる。だからこそ、ホンダ社内には革新を恐れず、必要とあれば過去を否定する社風が根付いてきたのである。

2022年F1第14戦ベルギーGPでHRC吉野誠氏が表彰台に登壇。
2022年F1第14戦ベルギーGPでHRC吉野誠氏が表彰台に登壇。
2022年F1第18戦日本GPでHRC四輪レース開発部部長の浅木泰昭氏が表彰台に登壇。
2022年F1第18戦日本GPでHRC四輪レース開発部部長の浅木泰昭氏が表彰台に登壇。

 しかし、社長が交代するたびに経営方針が転換されるようでは、社会的な信用が失われるのは当然のこと。今後は、安定的な長期戦略と、革新的な技術開発を継続して維持できる社内体制を確立して欲しいと切に願う。そして、このことは、F1だけに関わらず、ホンダ全体の健全な成長のためにも必要不可欠なことであると考える。

 そして、これらを実現したうえで、気持ちよく2026年のF1復帰を宣言する。これが、私の考えるホンダF1の理想的なシナリオである。

2022年F1第18戦日本GP マックス・フェルスタッペン(レッドブル)。
2022年F1第18戦日本GP マックス・フェルスタッペン(レッドブル)。

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