【F1チームの戦い方:小松礼雄コラム第3回】グリッドの決め方、罰則に一貫性なし。昨年決まった基準が適用されず順位を失う

 

 2023年シーズンで8年目を迎えたハースF1チームと小松礼雄エンジニアリングディレクター。第3戦オーストラリアGPは3度の赤旗中断を挟む大波乱のレースとなったが、それを切り抜けたニコ・ヒュルケンベルグが7位に入賞した。予選、決勝での好調の理由にはクルマの理解が進んだこともあるというが、レース後の抗議も含め、オーストラリアGPの現場の事情を小松エンジニアが振り返ります。

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2023年F1第3戦オーストラリアGP
#20 ケビン・マグヌッセン 予選14番手/決勝17位DNF
#27 ニコ・ヒュルケンベルグ 予選10番手/決勝7位

 オーストラリアではケビンとニコに2基目のICEを投入しました。1基目にちょっとした懸念があり、シャルル・ルクレール(フェラーリ)はすでにサウジアラビアで交換していますが、ウチも2基目を使うことに決めました。1基目はフリー走行用のエンジンとして戻ってくる予定です。

 それよりも大きな問題だったのは、ニコのMGU-Kが壊れたことです。決勝レースの最終ラップ、残すコーナーはあと3つというところでニコから「エンジンが壊れた」と無線が入りました。あの時ニコは8番手だったので、なんとか走り切ってくれと伝えて、フィニッシュ後はすぐにターン2でクルマを止めました。ギヤボックス内部も壊れたので、次戦アゼルバイジャンGPで交換します。

ニコ・ヒュルケンベルグ(ハース)
2023年F1第3戦オーストラリアGP レース後、2コーナーでマシンを止めたニコ・ヒュルケンベルグ(ハース)

 フェラーリのMGU-Kはいわゆる“アキレス腱”のようなもので、昨年もいくつか壊れました。シーズン後半のイタリアGPで投入したMGU-Kの信頼性は改善したのですが、それでも今年もフェラーリのスタッフはシーズン前からやや不安を隠せない様子でした。シーズン序盤のこの段階でこのレベルの問題が出てしまったことは痛いです。

 このようにスムーズにいった週末とはいえないものの、予選でもレースでも、全体的に見ても5番目くらいのペースがあったのは収穫でした。レースではアルピーヌと同じくらいのペースがありましたが、ニコはランド・ノリス(マクラーレン)に抜かれてしまいました。絶対的なペースではウチの方が速くても、VF-23は一貫性を持って同じラップタイムを刻み続けることが難しいクルマなので、ニコのラップタイムは上下し、最終的にはジリジリと差を詰められて抜かれてしまうのです。もちろんニコ自身もまだレースマネージメントには改善の余地がありますが、これは時間の問題だと思います。

 メルボルンはジェッダと同様にそれほど路面も荒くなくて、低速コーナーも少ないので、VF-23の弱点を比較的カバーできるコースです。それに加えて僕たちのクルマの理解度が上がったことと、セットアップの方向性の改善も相まっていいペースで走れたと思いますが、個人的には全然満足していません。前回も書きましたが、今回学んだことを活かしても、もし次のレースがバーレーンだったらこれほどいいペースで走れないという状況は変わっていませんし、次のアゼルバイジャンもきついと思います。メルボルンでほぼベストのパフォーマンスを出せたことはよかったですが、一喜一憂している場合ではありません。

ニコ・ヒュルケンベルグ(ハース)
2023年F1第3戦オーストラリアGP ニコ・ヒュルケンベルグ(ハース)
ニコ・ヒュルケンベルグ(ハース)
2023年F1第3戦オーストラリアGP ニコ・ヒュルケンベルグ(ハース)

 ケビンのペースがよかったのも同じ理由です。残念だったのは2回目のセーフティカー(SC)出動時にピットストップを行い、その後赤旗中断になったので最後尾まで順位を落としてしまったことです。この時ケビンの後続車は1周目のSC時にタイヤ交換を行い最後まで走り切る準備ができていて、さらには2回目のSCが早い段階で出たのでまだ各車のギャップが広がっていなかったため、ケビンがここでピットストップをすると最後尾になるのは目に見えていました。もちろん赤旗中断になるとわかっていたらピットに入らないほうがよかったのですが、この時赤旗が出るかSCランのままかという判断がつかなかったので、ニコはトラックポジションを重視しステイアウト、リスクを分散するためにケビンはピットインさせるという選択をしました。

 その結果赤旗になったので、ケビンのピットストップは無駄になってしまいました。ただレース後も何度も考えたのですが、この時はこれしかやりようがなかったのではないかと思います。もし2台ともピットストップをしていたら2台とも大きく順位を失うことになりますし、難しい状況でしたが1台は入賞圏内に留めることができたわけです。もちろん中断時にケビンは怒っていましたけど、その後は“怒りの走り”で一生懸命プッシュしてよく走っていました。レース後にケビンに話をしに行こうと思ったら、彼の方から「赤旗の時は怒っていたけど、後になって状況を見返したらあの時どうして僕をピットに入れたのかわかったから問題ない」と言って納得してくれました。

 ちなみにレース終盤のクラッシュは、残念ながらただのケビンのミスでした。ターン2の出口は壁が近くて、ケビンのなかではちょっと膨らんだという意識もありませんでした。それまでの周が数センチのところだったんだろうな、と言っていたので、彼のなかでもいつもと違うことをしたという感覚はなかったみたいです。クラッシュがなくても今回は入賞には届かなかったと思いますが、最後尾からよく追い上げてくれました。

ケビン・マグヌッセン(ハース)
2023年F1第3戦オーストラリアGP ケビン・マグヌッセン(ハース)
ケビン・マグヌッセン(ハース)
2023年F1第3戦オーストラリアGP ケビン・マグヌッセン(ハース)

■グリッドを決める基準をめぐって抗議。“タイミングライン”は適用されず振り出しに

 前述のケビンのクラッシュによりレースは2度目の赤旗中断となり、その後残り3周のところから再開となりました。ここでアクシデントが多発し3度目の赤旗が出たわけですが、僕はこの3度目の赤旗は間違っていたと思います。というのも3度目の赤旗が出た時点で残りは1周で、3度目のリスタートを迎えても通常のラップを走ることはできません。もし僕がレースコントロールの立場だったら、まずはバーチャルセーフティカー(VSC)にして、それでも危険だと判断したらSCに切り替えてそのままSC先導でフィニッシュという形にします。

2023年F1第3戦オーストラリアGP
2023年F1第3戦オーストラリアGP 2度目のリスタートでカルロス・サインツ(フェラーリ)とフェルナンド・アロンソ(アストンマーティン)が接触。アロンソはスピンを喫した

 最終的にニコは7位という結果に終わりましたが、レース後に行った抗議について説明します。まず赤旗を出したら、レースを再開するためのグリッドを決めなければいけません。グリッドの決め方については競技規則57.3条に、“In all cases the order will be taken at the last point at which it was possible to determine the position of all cars.”(いかなる場合にも、順序は、すべての車両の位置を決定することが可能な最終時点のものを採用する。)とあります(編注:日本語訳はJAF公式サイトより引用)。

 昨年イギリスGPの1周目に周冠宇(アルファロメオ)がクラッシュし赤旗中断となりましたが、この時レースディレクターは、リスタートのグリッドは『最後のタイミングラインで決める』と決定したのです。この決定は議事録にも残っています。ということは、今回も『最後のタイミングライン』で3度目のリスタートの順位を決めなければならないのです。そもそも規則も本当は“the order will be taken at the last point”ではなく“the order will be taken at the last timing line”とあるべきで、今は“at the last point”としか書かれておらず、その“point”をどうやって決めるのかも明記されていません。

 3度目のリスタートに向けて使えるタイミングラインがどこだったかというとSCライン2です。なぜなら、事故が起こる前に全車がこのラインを通過していたからです。それなのにレースコントロールは2度目のリスタートのグリッドまで戻したわけですから、僕たちはSCライン2を通過した順番で3度目のリスタートの順番を決めるべきだと抗議しました。

 抗議は通らず最終的にニコは8番手フィニッシュ、カルロス・サインツ(フェラーリ)のペナルティによりひとつ繰り上がって7位となりましたが、もしSCライン2でリスタートのグリッドを決めていたら、ニコはスタートで前のノリスを抜いていたので8番手になります。それ以外にもたとえばセルジオ・ペレス(レッドブル)はランス・ストロール(アストンマーティン)の前でしたし、角田裕毅(アルファタウリ)は8番手でした。さらにピエール・ガスリー(アルピーヌ)がリタイアしたためもうひとつ順位が繰り上がりニコは7番手で最後のリスタートを迎えていたはずで、このオーダーだと7番手フィニッシュ、サインツのペナルティにより6位で8ポイントを獲得できたはずだったので、選手権のことを考えても納得いかなかったです。

 またサインツのペナルティのことを考えてみると、3度目のリスタートはローリングスタートだったので全車の差はないし、5秒ペナルティを受けたサインツは当然ポイント圏外に落ちます。でもSCライン2を基準に3度目の赤旗が出た瞬間の後続との差を考えると、サインツはフェルナンド・アロンソ(アストンマーティン)の後ろになります。2度目のリスタートのグリッドまで順位を戻すということは、リスタート後に起きたことをすべてなかったことにするということなのに、サインツへのペナルティはそのまま残ったのです。グリッドを戻すならこのペナルティも帳消しにするべきですし、1周目のインシデントという意味では最初にストロールがルクレールと接触したのと同じです。サインツはペナルティを受けるべきではなかったし、ペナルティを出すなら赤旗が出た瞬間の差をもとに出すべきで、一貫性のない裁定だという思いです。ほんとに2021年のアブダビから何を学んでいるんだろうと思いますね。またこのオーストラリアGPでマイケル・マシがあれ以降初めてパドックに姿を見せていたのも皮肉だなぁと思います。

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