【中野信治のF1分析/第10戦】予選も決勝もかつてない順位変更。トラックリミット問題の背景とドライバー心理

 

 今季2度目のスプリントイベントとなった2023年第10戦オーストリアGPはマックス・フェルスタッペン(レッドブル)がスプリント、決勝ともにポール・トゥ・ウインを飾りました。一方、予選、決勝と多数のトラックリミット違反が発生し、決勝後には多くのドライバーがタイムペナルティを受け、順位が少なからず変わる事態となりました。このトラックリミット違反多発の要因や角田裕毅(アルファタウリ)の戦いについて、元F1ドライバーでホンダの若手育成を担当する中野信治氏が独自の視点でレースを振り返ります。

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 オーストリアGPは今季2度目のスプリントも開催された中で、予選と決勝、そしてファステストラップを含めてフェルスタッペンが圧倒的なパフォーマンスを見せましたが、この週末の最大のトピックになったのはトラックリミットの問題でした。今回はそのトラックリミットについて、フォーカスしてお伝えしたいと思います。

 まず、このオーストリアGPでトラックリミット違反の判定が多発した理由に関してですが、今年からFIA国際自動車連盟がトラックリミット違反を厳しめに取り締まっているということ、そしてレッドブルリンクのターン9、ターン10(最終ターン)を置きに行くとタイムに大きく影響してしまうというのも要因です。

 さらに、今回決勝ではタイヤのデグラデーション(性能劣化)が早めで、フロントが逃げて各車早い段階からアンダーステア気味になっていました。アンダーステアのクルマをコースに留めながら、ペースをできるだけ落とさないように走ることはF1ドライバーといえど、非常に難しいことです。

 当然レースを戦っていますから、追いかけるマシンはペースを上げていかなければならないですが、前車を追い続けているとダーティーエア(前を走る車両が乱した空気)によりダウンフォースが抜けてしまいます。ダウンフォースが抜けることに加えて、先述したタイヤのデグラデーション進行に伴うアンダーステアで、さらにトラックリミットに留まれなくなります。

 また追われる立場のドライバーにとっても、後続とのギャップをターン9、ターン10で広げて、続くターン1でオーバーテイクされない流れを作りたいので、特にターン10はスピードを乗せていきたいコーナーです。

 このターン10はエイペックスから出口に向けて一段落ちるような下りの右コーナーで、どうしてもフロントが逃げてアンダーステアになってしまうコーナーです。でもターン10は攻めないとタイムに大きく影響を及ぼすコーナーでもあり、かつ進入スピードも速いので、ドライバー的には外側のトラックリミットを確認するのが大変です。

 レッドブルリンクのターン10のようなコーナーは、グランプリコースの中でもそこまで多くはないと思います。今回トラックリミット違反が多発したのは、このターン9、そして特にターン10の形状が、トラックリミット違反を誘発するタイプのコーナーだったことも事実です。

 ドライバーも当然トラックリミット違反を取り締まられるコーナーだとわかっていますが、レース後にものすごい数のトラックリミット違反が検出されました。それには、やはりこれらの理由がミックスした結果だった思います。

2023年F1第10戦オーストリアGP ランス・ストロール(アストンマーティン)
2023年F1第10戦オーストリアGP ランス・ストロール(アストンマーティン)

■一丁一石で解決できる問題ではない

 今年、FIAはトラックリミット違反を厳しめに取り締まっています。ただ、FIAが全てのトラックリミット違反を正確に把握できていないということは問題です(編註:FIAはオーストリアGP決勝でのトラックリミット違反の疑いは『1200件以上あった』と表明し、また『多くの違反が、スチュワードに紹介されていなかったことも判明した』としている)。そこはドライバー、チーム、そしてファンのみなさんにとっても大いに不満が残るところだと思います。

 全ドライバーがきっちりとトラックリミット違反を取られているのであれば、『ペースを落としてでもトラックリミットを絶対に守らないといけない』とドライバーは思うでしょう。でも実際はそうではなく、一部のドライバーが無線でライバルのトラックリミット違反を訴えたように、トラックリミット違反を取られている場合と取られていない場合があった。だからこそ、ドライバーたちも『トラックリミットを絶対に守らないといけない』という心理状態になれなかったのでしょう。

 今後、FIAとしてもアウト側の縁石の先をグラベルに戻すなど、何かしらの対策に取り組むことになりそうです。レッドブルリンクの縁石は低く広いので、しっかりと乗れてしまう。ドライバーは走れる部分があるなら行ってしまいますから、ターン9、ターン10の縁石の形状を変えることも検討のひとつには入るかもしれません。

中野信治氏も参戦した1997年F1第14戦オーストリアGP。当時ターン外側はグラベルだ(中央奥がターン10/手前がターン1)
中野信治氏も参戦した1997年F1第14戦オーストリアGP。当時のターン外側はグラベル(中央奥がターン10/手前がターン1)

 私がF1に参戦していた1997年〜1998年、このコースはA1リンクという名称でしたが、当時のターン9、ターン10の外側はグラベルでした。安全のためにアスファルト舗装のランオフエリアを設けたのだと思いますが、このターン9、ターン10では逆の効果が出てしまったのかもしれません。

 現代の安全基準に則った上で、ふたたびグラベルに戻すということも検討するべきでしょう。ただ、この問題は一丁一石で解決できる問題ではなく、オーストリアGPに限った話でもないと思います。

 レース終了後、しばらく経って出された正式結果で多くのドライバーがペナルティを受けることになり、表彰台に上った3名の順位は変わりませんでしたが、4位以下が大きく順位が変わることになりました。

 現地を訪れたファンにとっては、サーキットを離れてからのペナルティによる降格でリザルトが変わるというのは残念ですし、そうなると今後の興行面でも影響は少なからず出てしまいます。今後対策に向けてドライバー、チーム、FIAが話し合い改善を進めることになるでしょうから、その変化を見守りたいと思います。

2023年F1第10戦オーストリアGP ターン10のランオフエリアには無数のタイヤ跡が残る
2023年F1第10戦オーストリアGP ターン10のランオフエリアには無数のタイヤ跡が残る

■オーバーテイクは想像力の世界。角田裕毅のアグレッシブさと発想力

 今回(角田)裕毅の16番グリッドからのスタートについては、「少し楽観的に行きすぎたかな、強引だったかな」とも思いましたが、トライするいう面で見れば、「日本人でもこういうアクションを起こせるドライバーが出てきたな」と感じながら見ていました。ターン1のインのインに入っていく姿はなかなか見られるものではありません。

 残念ながらターン1のエイペックスを抜けたあたりでエステバン・オコン(アルピーヌ)のリヤと接触し、フロントウイングにダメージを負いましたが、いいチャレンジではあったと考えています。その直後のターン3、ターン4で見せたアウトのアウトから仕掛ける動き、よほどブレーキングに自信があるドライバーにしかできません。

 スタート直後でタイヤも温まりきっていない状況でああいう動きができるのは、見ていて気持ちがいいですね。普段ならフェルナンド・アロンソ(アストンマーティン)がやるような『みんなアウト側に行くならインに行けばいいじゃん!』という動きは、本当に自信がないとできません。

 残念ながらターン4で飛び出してしまいましたし、そのコースオフの影響もあってコース上にマシンを止めることすら大変な状況となり、最終結果は19位でしたが、オープニングラップの裕毅は見ていて気持ちが良かったです。飛び出しはしましたけど、レース関係者の目線で見ると裕毅の動きは好印象です。チーム内外から『こういう動きができるドライバーなのだ』と見られると思いますし、周囲のドライバーには『絶対に油断できない存在だ』と意識させる動きです。

 アグレッシブに行くということは諸刃の剣でもありますし、100パーセント成功することでもありません。ただ、オーバーテイクは想像力・発想力の世界でもありますから、ああいった動きの発想ができるかどうかが大事です。そこが裕毅のなかでイメージとしてある。それは素晴らしいことだと感じています。

2023年F1第10戦オーストリアGP 角田裕毅(アルファタウリ)
2023年F1第10戦オーストリアGP 角田裕毅(アルファタウリ)

【プロフィール】
中野信治(なかの しんじ)

1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダ・レーシング・スクール・鈴鹿の副校長として後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。
公式HP:https://www.c-shinji.com/
公式Twitter:https://twitter.com/shinjinakano24

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