【NEWS】ブラマヨ吉田 大阪都構想否決に無念「最高だった大阪が、一夜で、最悪に変わった」

 

ブラマヨ吉田 大阪都構想否決に無念「最高だった大阪が、一夜で、最悪に変わった」

うーん。

主義主張を持つのは悪いことではないけど、自分の主義主張が通らなかったときの対応としては最悪の部類に入りますね。

住民投票の結果は否決。それを受けて「やってしまいました。どうか今後は、ガセにやられて実益を損なう事にならないようにして欲しいッス!」「これからは、『個』で生きていく事も、考えた方が良いかも知れない。悲しいね。しかし、大チャンスだった。なぜ、こんなチャンスを逃したんだろうか?」

元々、大阪は”個”を大切にする環境ではなかったのか?

”ガセ”と断じている部分が問題だと思えてしまう。”実益”は誰にとっての実益なのか?”ガセ”の根拠は?突っ込んでいけば、いろいろ問題点が出てくる。”チャンスを逃した”もし、本当に政治を”チャンス”と考えるのなら、それは”虚像”が産んだ幻で、虚像でもない。”逃した”のは民意でしかない。自分の主義主張が通らないのは、周りの責任だと断罪するのは簡単だろう。楽なのだろう。

”ガセ”だと言っている論拠が見当たらなかった。今までの主張も”違う”という一点はわかるが、何が違って、何が正しいのか、自分の主義主張が正しい論拠を示せていない。

民意も馬鹿ではない。間違った主義主張に従う人たちばかりではない。負けたほうが、”間違った主義主張”なのだ。

「子供の養育費、給食、塾、妊婦さんの検診費用。他にもたくさんのお得がある♪未来の人の事を、己の給料を削ってまでやってくれた政治家の夢が、今日、散った。最高だった大阪が、一夜で、最悪に変わった」

意味がわからない。

政治家は、”民意の象徴”だと考えているのですが、違うようですね。

立憲民主党の辻元清美氏は「しびれるくらい拮抗したけど、これでノーサイド」

これも最悪。”ノーサイド”では、認められなかった主義主張が宙に浮いてしまう。もし、政治家が民意を代弁するのなら、通らなかった主義主張との歩み寄りを考える必要があるのではないのでしょうか?

都構想で行いたかったこと、実現するための道筋を”ノーサイド”なんて安易な言葉で終わらせるのは間違っている。