【F1チームの戦い方:小松礼雄コラム第1回】テストから見えた一発の速さをニコが証明。VF-23の課題はロングラン

 

 2023年シーズンで8年目を迎えたハースF1チームと小松礼雄エンジニアリングディレクター。今季のハースはケビン・マグヌッセンに加えて、4年ぶりにF1に復帰したニコ・ヒュルケンベルグというベテランコンビを起用する。プレシーズンテストと開幕戦を終えて、ベテランの起用はチームにどのような影響をもたらしたのか。そしてハースの2023年型マシン『VF-23』の出来はどうだったのか。開幕戦バーレーンGPの現場の事情を小松エンジニアが振り返ります。

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2023年F1第1戦バーレーンGP
#20 ケビン・マグヌッセン 予選17番手/決勝13位
#27 ニコ・ヒュルケンベルグ 予選10番手/決勝15位

 長いようで短かった冬を超えて、2023年シーズンが今年もバーレーンで始まりました。レッドブルはさらに強くなり、フェラーリは新体制で再スタート、メルセデスはまだまだ迷走中、そして久しぶりに速いクルマを手に入れたフェルナンド・アロンソ(アストンマーティン)。その後ろの中団は本当に混沌としています。今年の目標はその中団勢の前方でシーズンを通して戦うことです。簡単な道のりではないですが、常に進化していければと思っています。見どころの多いシーズンになると思いますが、そのなかで少しでも多く光るところを見せたいと思いますし、臨場感のあるコラムにできればと思っているので、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 さてプレシーズンテストと開幕戦が終わりました。今年のクルマを走らせてみて、新タイヤを履いた時の一発の速さは悪くない、というのが率直な感想です。これはテストの比較的早い段階から明らかで、全10チーム中5、6番手にいるだろうと予測していました。中団グループの速さは拮抗しているので、もちろんサーキットによってこの順位は変わってきますが、まずは想定内の一発の速さが確認できたことを前向きにとらえています。

2023年F1バーレーンテスト2日目 ケビン・マグヌッセン(ハース)
2023年F1バーレーンテスト2日目 ケビン・マグヌッセン(ハース)

 予選を振り返ってみると、ニコはQ1、Q2とほぼ完璧にまとめてくれて、Q2では見事トップ3とアロンソに次ぐ8番手タイムをマークしました。残念ながらQ3ではトラックリミット違反でタイム抹消となりましたが、抹消されたタイムが1分31秒055なので、たとえ抹消されなくても10番手だったことには変わりありません。Q2を8番手で通過した時のタイムは1分30秒809ですし、Q3でこれを上回ることもできたと思うので、実際はQ3でも8番手は十分に可能だったと思います。Q3で実力を出し切れなかったという意味では残念ですが、開幕戦からQ3で戦える速さを見せることができたのは収穫でした。

 ニコはフリー走行から一発は比較的うまく走れていたので、あまり予選に関しては心配していませんでした。ですから彼が予選前のミーティングで「Q1の最初のランは、万が一の時のために2回アタックする機会が欲しい」と言ってきたことには少し驚きました。タイヤが1周しか保たないのは明らかだったのですが、余計なプレッシャーを与えてもいけないので結局ガソリンを2周分多く積んで早めにコースインさせました。

 ここで不運だったのはほぼ1周アタックし終わったところで赤旗が出てしまったことです。Q2のことを考えると、Q1で新品のソフトタイヤを3セット使うわけにはいかなかったので、赤旗後の最初のランはこの中古タイヤで走らなければいけない状況になりました。しかしこの状況でニコはとても落ち着いて、同じ中古でもまったくアタックをしていなかったタイヤで走ったマクラーレンの2台を上回るタイムを出してくれました。最後は新品タイヤで大きくタイムを伸ばし、6番手でQ1を通過しました。

 Q2でも中古タイヤと新タイヤの両方のランをうまくまとめ、8番手でQ3に進みました。以前にも書きましたが、ニコを起用した理由はチームにとってベンチマーク(指標)となるドライバーが必要だったからです。昨年末のアブダビテストから彼のフィードバックがいいのはわかっていましたが、一発の速さはまだ未知数のところがありました。この開幕戦で一発の速さでもチームの指標になれることを証明してくれたのは、チームにとってポジティブなことです。

ニコ・ヒュルケンベルグ(ハース)
2023年F1第1戦バーレーンGP ニコ・ヒュルケンベルグ(ハース)
ニコ・ヒュルケンベルグ(ハース)
2023年F1第1戦バーレーンGP ニコ・ヒュルケンベルグ(ハース)

■唯一のハードタイヤスタートは「戦略に柔軟性を持たせるため」

 一方でVF-23の課題は、予選の時にも抱えている問題、弱さがレース距離を走ると浮き彫りになってしまうことです。ロングランをすると3〜4周でタイヤのグリップが落ちてきてしまい、特にリヤタイヤをうまく保たせることができません。このせいでなかなかいいペースでレースを走ることができないのです。これもテストの時から明らかでした。ですからテスト中盤からはレースペースの改善に焦点をおいて取り組んだのですが、まだまだ満足できるレベルにはありません。一発の速さでは5、6番手にいてもレースペースとなると8番手以降なので、これが一番大きな課題であることは明らかです。

 今回もタイヤのグリップが落ちてきた時の低速コーナーの立ち上がりがとても厳しく、すぐにリヤタイヤを滑らせてしまっていました。どこを改善しないといけないのかはわかっていますが、簡単ではありません。

 またレースではケビンがただひとりハードタイヤでスタートしましたが、これもこのレースペースの問題があったからです。みんなが基本的にソフトタイヤでスタートしてくるであろうということはわかっていました。しかしケビンがソフトタイヤでスタートした場合、レース序盤のバトルでタイヤにダメージを与え、8周目か10周目あたりにはピットインせざるを得ない状況になるだろうと想定していました。そうすると3ストップになることが確定し、戦略に柔軟性を持たせることができなくなります。

ケビン・マグヌッセン(ハース)
2023年F1第1戦バーレーンGP ケビン・マグヌッセン(ハース)

 ハードタイヤだとスタートで順位を落とすことになると予測していましたが、序盤のトラフィックのなかでタイヤをダメにしないで走るには今のウチにはこのタイヤしかありませんでした。またハードでスタートしたからといって長いスティントを走らないといけないわけではなかったので、レースの展開次第で2ストップと3ストップ両方の選択肢を持てましたし、フィールドがどれくらい広がるかによってピットストップのタイミングも柔軟に対応することができます。このようにやらなければ17番手から入賞は見えてきません。

 嬉しい誤算だったのは、ケビンの第2スティントのペースが思ったよりよかったことです。ウイリアムズやアルファタウリよりも速かったので、後から振り返ると、このペースが出せることがわかっていたらソフトスタートの方がよかったのかもしれません。ただ先にも書いたようにレース前に一番重要だったのは、戦略に柔軟性を持たせることだったので、レース前の時点で正確にはわかりづらいことに対応できるようにハードスタートにしました。

ケビン・マグヌッセン(ハース)
2023年F1第1戦バーレーンGP ケビン・マグヌッセン(ハース)

 またこのハードタイヤ(C1)は今年新しく導入されたもので、昨年のものより柔らかい作りになっています。実際にグランプリの週末に使ってみた感想としては、昨年までのハードタイヤよりもいいです。テストの時点で、今年の開幕戦はソフト〜ハード〜ハードの2ストップだなとほぼわかっていました。だからほとんどのドライバーがFP1、FP2でハードタイヤを使わずに温存していましたよね。

 一方でニコのレースはスタートでドライバー操作(クラッチ、スロットル)を失敗して順位を落とし、エステバン・オコン(アルピーヌ)とターン4入口で接触してフロントウイングの翼端版が壊れてしまいました。それでもなんとか食らいついて走っていて、ピットストップをしてフロントウイングを交換すると最下位まで落ちてゲームオーバーになるので、すぐには交換しませんでした。しかし第2スティントになるとダメージの影響でペースが落ちてしまい、セーフティカーなどもなかったので結局その後のピットストップでウイングを交換しました。

 しかしウイングを交換した後もフロアのダメージがあったので、なかなかペースが上がりませんでした。レース終盤のバーチャルセーフティカー(VSC)でタイヤを再びソフトに変えたのですが、セルジオ・ペレス(レッドブル)に詰まっていたこともありペースはよくなかったです。ケビンもマックス・フェルスタッペン(レッドブル)の後ろにいたのでタイヤを痛めてペースが落ちてしまいました。

 バーレーンは特にリヤタイヤに厳しい特殊なサーキットではありますが、前向きに考えれば開幕戦の段階でVF-23の弱点を出し切れたと言えます。ですから今はみんな予選の速さに満足せず、レースペースの改善に集中して取り組んでいます。また次のサウジアラビア、その次のオーストラリアではタイヤの使い方、使われ方も大きく変わってくるので、柔軟に、的確に対応したいと思います。その3戦を終えた段階でもっとバランスのとれたVF-23の競争力がわかってくるはずです。

ニコ・ヒュルケンベルグ(ハース)
2023年F1第1戦バーレーンGP ピットストップ時にフロントウイングを交換するニコ・ヒュルケンベルグ(ハース)

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