【F1チームの戦い方:小松礼雄コラム第10回】PUは予想外の壊れ方で信頼性に懸念。VF-23は“10番目”のクルマに
2023年シーズンで8年目を迎えたハースF1チームと小松礼雄エンジニアリングディレクター。イギリスGPではクルマとコース特性が合わず苦戦を強いられた。さらには3戦続けてパワーユニットのトラブルが発生。これについては「まったく心配していなかったものが壊れた」とのことで、パワーユニットの信頼性には不安が残る。
またレース後にはシルバーストンでタイヤテストも行われ、小松エンジニアはテスト2日目をひとりで担当したピエトロ・フィッティパルディを高く評価した。そんなイギリスGPの現場の事情を小松エンジニアが振り返ります。
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2023年F1第11戦イギリスGP
#20 ケビン・マグヌッセン 予選19番手/決勝DNF
#27 ニコ・ヒュルケンベルグ 予選11番手/決勝13位
カナダ、オーストリアに続いてイギリスGPでもパワーユニット(PU)のトラブルが起きてしまいました。まずは土曜の予選Q1で、ケビンのクルマの冷却システムに問題が発生し、結果オイルが漏れてエンジンが止まってしまいました。エンジンは壊れていなかったのですが、念のためレースに向けて交換したものの、日曜はその交換したエンジンが壊れてしまいました。
この3戦でPUが3度壊れましたが、これは僕のF1キャリアのなかでも経験したことないですね。ここには詳しくは書けませんが、すごい壊れ方をしていました。今年のフェラーリPUは他メーカーのPUに勝っているわけでもないのですが、それでいて信頼性に問題を抱えています。また今回のトラブルには関係ありませんが、MGU-KはこのPUのアキレス腱のようなものです。オーストリアのニコのエンジンはまさにその週末に投入したもので、たった500kmくらいの走行で壊れてしまいました。まったく予期していなかった壊れ方でまだフェラーリも原因を突き止めていません。それが3戦続いたということなので状況は深刻です。
PUトラブルはともかく、今回シルバーストンはVF-23の特性とは合わないコースというのもあって、予選でもあまり振るわなかったです。ただそういうコースでニコが11番手という結果を残すことができたのは、当時のトラック状況(気温が低く、インターミディエイトタイヤからドライタイヤに交換するような路面状況)が理由のひとつだと思います。
シルバーストンには高速コーナーと長いストレートがあるので、ドラッグを削ってダウンフォースを減らしてでも、高速コーナーを早く走らないといけません。うちのクルマは高速コーナーが弱点で抵抗も大きいので、さらにダウンフォースをつける方向で戦うことになります。また風に対しても敏感に反応してしまうので毎周クルマの挙動が違うんです(シルバーストンはもともと飛行場で、周囲に風を遮るものがないので特に風の影響を受けやすいサーキットです)。これだけダウンフォースをつけても高速コーナーでの根本的な問題があるので、なかなかコーナーリング速度が上がりませんでした。
他チームとの比較で言うと、たとえばウイリアムズはストレートでうちより速いですが、高速コーナーではうちの方が速いんです。ウイリアムズはとにかくストレートでラップタイムを稼ぐ方向性ですよね。でも今回驚いたのはマクラーレンで、オスカー・ピアストリと比較するとストレートスピードはうちとそこまで大きく変わらないのに、高速コーナーのターン11、12(マゴッツ、べケッツ)やターン15(ストウ)ではミニマムスピードがもう次元が違うレベルで速いんです。マクラーレンはターン13の通過スピードも速いので、その後に続くハンガーストレートでもゲインがありました。
VF-23も本当はもっと直線スピードを上げたいのですが、抵抗を減らすとダウンフォースも減って、もっと高速コーナーで遅くなるので、こうするしかなかったというのが現状で、11番手という結果は悪くないくらいです。予選結果を見ても、ウイリアムズはクルマがよくなったし、レースでどうにか戦えるかもしれない相手は今のところアルファロメオとアルファタウリくらいでしょうか。それでもアルファタウリはコースによってはレースでうちより速いので、今のVF-23ははっきり言ってレースでは一番遅いクルマなのではないかと思います。
ただVF-23は予選一発のタイムを出すことができるので、ピークのパフォーマンスが低いわけではないと考えています。“性能を発揮できる範囲が狭すぎる”という状況をどうにかしようと空力の人たちが頑張ってやってくれていて、次のハンガリーで新しいフロアを入れるので、それがうまく機能してくれることを期待しています。
ハンガロリンクは追い抜きが難しいコースなので、もし予選で上位グリッドを獲得できれば、レースでトラックポジション重視の戦略をとって入賞できる可能性は十分にあります。いつもは予選にこだわらずレースに向けたクルマ作りをしていますが、ハンガリーでは日曜の天候や気温を考慮したうえで、より予選に振ったクルマにすると思います。
■タイヤテストを担当したピエトロは「彼の才能で成し遂げられるベストを発揮している」
グランプリ後、シルバーストンで2日間のタイヤテストを行いました。2日ともタイヤブランケットなしの2024年用タイヤのテストでした。このタイヤのいい面としては、低い温度でも機能するというのがあります。ピットレーンから出て行く時はドリフトするような感じなので危ないところもありますが、タイヤ温度が50度くらいになると、ドライバーが徐々にプッシュできるようなグリップレベルになります。タイムが出るのは1周目か2周目なので、タイヤの温まりという面ではよかったです。
その一方で、50度で機能するタイヤというのは、温度が100度に上がるとボロボロになります。つまりタイヤのタレがひどいのです。今回のテストでは何種類かタイヤを持ち込みましたが、基本的に結果はすべて同じでした。フロントタイヤにグレイニングが起きてピレリのエンジニアは驚いていましたけど、発熱しやすい柔らかいタイヤをシルバーストンのような高速サーキットで使えばこうなるのもあまり驚くことではないと思います。
インターミディエイトタイヤに関しては、今年のブランケットありのタイヤを1セットと2024年向けのブランケットなしのタイヤを2セット使いました。2日目にテストを担当したピエトロはF1でインターを履いて走るのは初めてでしたが、雨のなかでよくやってくれました。ただ、ブランケットなしのインターは速いのですが、3、4周目にはタイムが大きく落ちてきます。これではレースを走り切れません。ドライタイヤも10周も走るとタイムは3〜4秒落ちていました。ちょっとタレすぎですよね。
タイヤブランケットを廃止する案も出ていますが、今回のテストを見て、このレベルの性能では廃止案に賛成できかねます。もちろん環境問題のことだけを考えれば、ブランケットを使わないほうがいいです。でも、今のタイヤなら1〜2ストップでレースを完走できるのでタイヤは2〜3セットあれば大丈夫ですが、今回テストしたタイヤだったら4〜5ストップくらいしないと走り切れないので、使うタイヤの数が増えてしまったら元も子もない気もします。またあんなにタレるタイヤではフリー走行でもほとんどまともに走れません。
2日目にドライブしたピエトロはこれまで何度かテストを担当していますが、今回も今まで通りすごくポジティブで、プロフェッショナルにやっていました。彼はテストドライバーなので、毎週末サーキットに来てもクルマに乗れないというフラストレーションの溜まる状況にあります。でも、そのなかでも常に準備をしているんです。クルマの長所と短所は何か、週末はどう動いているか、問題は何か、どうアプローチしているか、ドライバーやエンジニアは今何をやっているのか。そういうすべてのことに注意を払っていて、理解力もあります。もちろん耐久レースに出ているのでフィジカルのトレーニングもしていて、理解力、フィジカル、メンタルのすべてできちんと準備ができています。ですからこうやってテストで乗せてもいい仕事をしてくれるのです。
今回は彼がテスト2日目をひとりで担当し、124周、つまり730km走りました。この高速サーキットでポンと乗って、F1で700km以上ちゃんと走れるなんて非の打ち所がないと思います。ラップタイムを見ても安定しているし、大きなミスはありません。この日の目的をきちんとわかっているので、チームが情報を得られるように走ってくれました。
2020年にロマンがバーレーンでクラッシュし、その後の2戦でピエトロを起用したことがありましたが、あの時は2戦とも結果は最下位でした。ただピエトロのクルマを担当していたスタッフも僕も、最下位でレースを終えたとは思えないくらいポジティブな雰囲気だったことを覚えています。それは彼が最下位だったにもかかわらず、何の言い訳もせずに、次のレースに向けて「これを直そう」「次はこうしよう」と前向きにやっていたからです。あんなにポジティブな最下位は後にも先にもないでしょうね。ピエトロは常にプロフェッショナルで準備を怠らず、彼の才能で成し遂げられるベストを発揮していると評価しています。
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