【F1チームの戦い方:小松礼雄コラム第6回】またも遠のいたミックの初ポイント。W入賞も見えた決勝はミスで台無しに
2022年シーズンで7年目を迎えたハースF1チームと小松礼雄エンジニアリングディレクター。初開催のマイアミでは難しい状況でケビン・マグヌッセンが無線のトラブルに見舞われまさかのQ1敗退。決勝ではミック・シューマッハーとともにダブル入賞が見えていたものの、両者ともにミスでそのチャンスを潰してしまった。新しいパーツを投入していただけに是が非でもポイントを獲りたかった週末だが、悔しすぎる結果に終わった。そんなマイアミGPの現場の事情を小松エンジニアがお届けします。
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2022年F1第5戦マイアミGP
#47 ミック・シューマッハー 予選15番手/決勝15位
#20 ケビン・マグヌッセン 予選16番手/決勝16位(DNF)
今年最初のアメリカでのレースは初開催のマイアミGPでした。マイアミに来るお客さんというのは鈴鹿やスパ、シルバーストンなどに来るコアなレースファンとは違うというのは当初から予測されていました。そういう意味で今までとは違った様々なタイプのお客さんに向けたエンターテイメントという面ではとてもよく準備されたイベントだったと思います。
コースの上にはゴンドラがあったり、ターン6〜8の内側にクルーザーを置いてヨットハーバーを作ってみたり、ターン12の内側には人工のビーチもありました。ちなみにこのビーチにはデッキチェアが置いてありましたが、デッキチェアに座るとちょうど目線の高さにフェンスがあってコースが見えません(笑)。こんな感じでとにかく様々なニーズに答える形で今までのF1観戦より幅広く楽しめる様にセットアップされていたのはさすがエンターテインメントの国、アメリカだなぁと感じました。
コースレイアウト自体に関しては、僕が個人的に好きなイモラやニュルブルクリンク、鈴鹿のようなクルマやドライバーにとってチャレンジングなコースではありませんが、長いストレートがあって追い抜きが可能なのでショーという観点では悪いサーキットではなかったかと思います。マイアミ・ドルフィンズのスタジアムの周りの駐車場に作ったコースなので、基本的に平坦なのですが、セクター2のストレートを超えてターン12で右に曲がった後はシケインに向けてちょっと登っています。またここではコース幅も急激に狭くなりますし、縁石に乗らざるを得ないのでクルマが跳ねます。その後のターン16も出口がタイトですぐに壁が迫っていて、ミスをすればすぐにクラッシュです。この区間だけはコース他の場所とはちょっと雰囲気が違っていてクルマのセットアップも難しかったです。
ただ路面に関しては、水曜日にコースを歩いて視察した時にはいいコンディションだと感じていたのですが、実際にクルマが走り出すと路面の表面の小さな石が剥がれてしまい、オフラインは少しグラベルのようになってしまっていました。事前に新舗装の路面をいい状態に持っていこうとして、ちょっとプレッシャーウォッシュをかけすぎてしまったのか、表面の小さな石の粒を繋ぎ合わせているものが取れてしまったんでしょうね。だからオフラインは小さな石が飛んできたせいでまったくグリップがなくて、レイアウトのわりには追い抜きが難しかったです。
さて予選では、ケビンに大きな問題が起きてしまいました。Q1に向けてコースへ出て行く前にエンジンをかけたら無線のトラブルが発生し、ケビンの声が聞こえなくなりました。Q1開始の2分前にはケビンの方でもレースエンジニアの声が聞こえなくなり、まったくコミュニケーションが取れない状態に。エンジニアには、ピットボードを使ってどういうコミュニケーションを取るとか、ケビンにステアリングのボタンを押してもらって意思表示をさせるとか、無線が壊れた時の対処法を取ってもらったのですが、それがうまくいきませんでした。
予選後にわかったことですが、担当のレースエンジニアは無線が使えない時のコミュニケーション方法についてケビンが理解していると思っていたようです。伝わっているかどうか完璧にわかっていないのに、“思っていた”の状態でクルマをコースに出しちゃダメです。コースに出る前のケビンは、エンジニアが何か言おうとしているのはわかっていたけれど聞こえないし、ヘルメットの上から手を耳の横に当てて聞こえないという意思表示をしていました。それに対してエンジニアが何もしなかったということです。レースエンジニアの経験不足でもありますが、チームとしても準備不足でした。
もし通常のドライの予選だったら、たとえ無線が使えなくても、3周(計測→クールダウンラップ→計測)走ってピットに戻るというプランを行うことは可能です。しかし今回はタイムの出し方が難しい状況で黄旗の心配もあり、ウエットの予選のように走り続けてタイヤの状態を見て、1セットで走り続けるか2セット目を投入するかを決めることにしていました。
実際ケビンのタイムはミックよりコンマ3秒遅かったので、2セット目を投入しないとQ2に進めない状況でした。ケビンもタイヤを交換したいと思っていたのですが、どうやってそれを伝えたらいいのかわからないし、結局1セットで走り続け15番手とコンマ1秒差でQ1敗退です。このクルマでQ1敗退は考えられないので、大失敗の結果に終わりました。Q2に進んだミックも新タイヤを履いて1周を上手くまとめることができず15番手と本当に散々な予選でした。
■レースペースには自信。ダブル入賞に目前まで迫るもふたりのミスで台無しに
決勝レースは序盤からいいペースで走れていて、ケビンがミックに追いついたところで順位を入れ替え、前を走るランド・ノリス(マクラーレン)を追うことにしました。まずはノリスに追いついて、もし彼を抜けなければピットストップを行おうと思っていたのですが、11周目の早い段階で角田裕毅(アルファタウリ)選手がピットイン。彼にアンダーカットされるのを避けるために2台とも早めにハードタイヤに交換しました。
ハードのペースには自信があったのですが、誤算だったのはフェルナンド・アロンソ(アルピーヌ)、セバスチャン・ベッテル&ランス・ストロール(アストンマーティン)という3台のDRSトレインで詰まってしまったことです。なんとかストロールをパスしたケビンだったのですが、その後ミスがあってDRSトレインから離れてしまい、ケビンはDRSを使えなくなりました。
そうこうしているうちにミックが追いつき、少しずつケビンに仕掛けるようなそぶりも見せて、ケビンもディフェンスしないといけなくなり……ケビンがもう一度ミスをしたところでミックが前に出ましたが、こういうことをしているとふたりともペースが上がらなくなるので、これはよくなかったです。
その後41周目にセーフティカーが導入された際には、2台ともにステイアウト(ピットインをしない)の指示をだしました。しかしケビンは順位を下げてでもピットインをして新しいタイヤに交換したいというので、本当はハードで最後まで走りきれると予測していたのですが、ケビンがどうしてもというので彼を信じて交換しました。これで順位を下げたものの、ポジションを取り戻すことは可能で、ミックの方も再スタートさえ気をつければソフトに履き替えたエステバン・オコン(アルピーヌ)にも抜かれることはないと思っていたので、ダブル入賞が見えていました。
ところがケビンはターン1でストロールと接触し、フロントウイングを破損。ミックはアロンソがシケインをカットしたことでDRSを使えない状況になり、すぐ後ろにいたベッテルに抜かれ、抜き返そうと飛び込んでいったとことろで接触してしました。予選で失敗したぶんレースで挽回しようと思っていて、それまでは上手くレースを運び、ダブル入賞ができそうだと思っていたところでした。今のチーム状況では特にダブル入賞がどれだけチームの士気に影響するか分かっているので、こんなことでそれを棒に振ってしまい本当に残念です。
レース後のミックは落ち込んでいるというか、半泣き状態でした。ただ僕からミックに言えることは、前回のコラムにも書きましたが、物事に優先順位をつけて集中して取り組んでほしいということです。ミックはフェラーリからもサポートを受けているのでいろいろな情報を得ているとは思いますが、そのなかで自分には何が必要なのか、どうしたらいいのかをフィルターをかけて判断して、自分のなかで消化してやらないと身につかないですからね。ミックはアロンソがシケインをカットしたことに怒っていましたが、アロンソのやることはすべて計算ずみです。要は元チャンピオンにいいようにやられたということです。
またミックは予選でここぞという時、プレッシャーがかかった際に1周をまとめられません。今回もQ2で新品ソフトを履いた時にタイムを更新することができなかったので、予選に対するアプローチも改善が必要だと思います。
次戦スペインは走り込んだバルセロナでのレースなので、ドライバーふたりにも本来の実力を出し切って欲しいと思います。他チームはたくさんアップデートを入れてくると思います。うちはマイアミで新しいフロアを投入したのでバルセロナでは何も変更はありませんが、とにかく持てるポテンシャルを出し切っていいレースをしたいと思っています。
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