【中野信治のF1分析/第6戦】ラッセルの末恐ろしいポテンシャル。メルセデス陣営の手応えと3強マシンの個性
2022年シーズンのF1は新規定によるマシンの導入で昨年までとは勢力図もレース展開も大きく変更。その世界最高峰のトップバトル、そして日本期待の角田裕毅の2年目の活躍を元F1ドライバーでホンダの若手育成を担当する中野信治氏が独自の視点でレースを振り返ります。今回の第6戦スペインGPは低速から中高速コーナーがそろったバランスのよいコースが特徴ですが、各車、大きなアップデートを施してきました。複雑になったレース展開、そこで見えた新しい勢力図について、中野氏が解説します。
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今回の第6戦スペインGPは勝敗だけでなく、今シーズンのゆくえを占うという意味でもとても重要な一戦になると思っていました。このスペインGPに向けて各チーム、開幕から5戦を終えて見えてきた問題点を今年のレギュレーションに合わせて大きめのアップデートを投入してきという部分で、今季ひとつ目の大きな節目のタイミングになります。
実際、各チームもさまざまなアップデートを投入してきました。しかし、実際のところ大きく勢力図が変化したかというと、メルセデス以外のチームは順位変動なども含めてそれほど大きく変化は見られなかった印象です。それぞれのチームが正常進化して、自分のチームだけでなく他のチームも進化しているのでその差が大きくは出ません。ですが、それぞれのチームがアップデートを投入してきたことで、今まで抱えていた問題点を少しずつクリアしている感じが見て取れました。
そのなかで、明らかに見た目から大きな変化が見られたのはメルセデスだと思います。ポーパシング(マシンの激しい縦揺れ/バウンシング)もかなり小さくなっていました。スペインGPが行われるカタロニア・サーキットはそこまで路面はバンピーではないと思うので、これまでのコースに比べるとポーパシングが若干出にくいサーキットではあったのかなと感じます。ただ、プレシーズンテストのときにはどのチームもかなりポーパシングが出ていたので、それが明らかに改善の方向に向かっていました。
おそらくですが、今回のメルセデスはマシンのフロアを大きく変えたというところが一番大きく効果が出たのだと思います。それでも正直、ここまで動きが変わったというのは驚きで、メルセデスのデータ解析能力はさすがとしか言いようがない高さです。現在のマシンがシェイクダウンしてから本当に短い時間のなかで答えを見つけなければならないなかで、持ち込んだパーツの開発も含めてすごいスピードでこのレベルまで持ってきました。フェラーリとレッドブルに追いつくには正直、もう少し時間が掛かると思いましたが、本当にメルセデスの解析力、開発力はさすがとしか言いようがありません。
今回のメルセデスはストレートスピードも速く、レッドブルを上回るストレートスピードでした。今年のクルマはマシンの下面でダウンフォースを得るグランドエフェクトを取り入れたマシンです。これまでメルセデスのクルマはポーパシングが起きてしまうので車高を上げていましたが、今回のアップデートで車高を正しい位置に戻すことができ、下面でダウンフォースを稼げるようになった分、上面のウイングの角度を寝かせて、ストレートスピードを上げられるようになったのだと思います。
言ってみれば、もともと持っているメルセデス『W13』の現時点でのパフォーマンスを正しいスターティングポイントに付けた結果になりました。メルセデスは今後が恐ろしいですね。これまではポーパシングの問題に集中していましたが、次はパフォーマンスを上げることに集中できます。この開発のスピード感を見ていると『次も来るな』ということを予感させます。
対するフェラーリは今回のスペインGPではコーナリング重視でセクター2が速かった。フェラーリもポーパシングが起きていましたが、それをどちらかというとダウンフォースで抑え込んでいるような印象がありました。ダウンフォース+アルファによる回答性の良さ、さらにもともとのクルマ設計がうまくいっているから回答性が良いという両方の部分だと思いますが、逆に言えばストレートスピードを若干犠牲にしないとクルマのパフォーマンスを引き出せない設計になっているように見えます。
スペインでのフェラーリは小さいアップデートを投入していましたが、基本的にこれまでのクルマと特性は変わっていませんでした。アップデートしてきた部分は、おそらくタイヤのデグラデーションに対して手を入れてきていると思います。それを決勝で見たかったのですが、シャルル・ルクレール(フェラーリ)がトラブルでリタイアしたことで見ることができませんでした。
レースでのルクレールは27周でリタイアとなりましたが、その後くらいからタイヤのパフォーマンスが落ちてくるということが多かったはずです。これまでミディアムタイヤとの相性も良くなかったですので、我々としてはその部分が見たかったですよね。そう考えるとまだ勢力図的に見えない部分もありますが、そこまでのルクレールのタイムの推移を見ているとアップデートで良くなっているところがあるように感じましたね。
予選ではマックス・フェルスタッペン(レッドブル)のDRS(ドラッグ・リダクションシステム)にトラブルが出て3番手になってしまいましたが、フェルスタッペンのDRSが正常に機能していた場合のポールを獲得したルクレールとのアタック合戦は見たかったですよね。それでも予選後のデータを見る限り、今回のフェルスタッペンはDRSが使えていたとしても、ルクレールには届かなったのでないかなと思います。
今回のレッドブルにはストレートスピードのアドバンテージがあまりありませんでした。もう少しストレートスピードのアドバンテージがあればポールに行けたかなという気はしますが、やはり回答性に優れるフェラーリとルクレールの方がターン1~2、ターン4、インフィールド区間など、回り込むコーナーでアクセルを踏むタイミングが圧倒的に早かった。レッドブルはその区間で失っているタイムがかなり大きかったです。これまでもそうでしたが、その分をストレートで取り返していたのが前半5戦の予選でしたが、スペインに関しては予選一発ではフェラーリが少し上回っていたかなという印象です。
決勝は3ピット戦略となり、ピットウインドウが広くて面白いレースになりました。カルロス・サインツ(フェラーリ)やフェルスタッペンが序盤にターン4で風の影響でグラベルに飛び出して、特にフェルスタッペンはそこから作戦を変えたことでレースが面白くなりました。そして追い上げる展開になったフェルスタッペンですが、DRSシステムにトラブルが発生し、前を走るジョージ・ラッセル(メルセデス)をなかなか追い抜けないという展開が続きました。
あのときのフェルスタッペンの苛立ちは無線を聞いていても伝わってきましたし、ステアリングのDRSボタンも押しまくって無線で注意されていましたね。チームは『原因が分からなくなるからボタンをあまり押すな』と言っていましたが、ドライバーとしてはストレートが速いメルセデス、そしてラッセルが本当にうまく後ろを見ながら、絶妙なタイミングでブロックをしていましたのでストレスが溜まるのはわかります。
最終コーナー手前のターン15の立ち上がりをうまく抑えて、そこの加速だけを完璧にすればストレートでDRSが開かないマシンには追い抜きはされません。ラッセルにはその自信があり、1コーナーでのクルマの動かし方に関しても、何回もクルマを動かしてしまうとペナルティを科されてしまうので、きっちり1回だけ『ここは来るな』というタイミングでイン側にクルマを寄せてフェルスタッペンを抑えにいきました。
●ラッセルの見事なふてぶてしさと強さ。3強のトップ争い担った新勢力図といい流れを掴みつつある角田裕毅
24周目にはフェルスタッペンのDRSが開き、ラッセルとの差を縮めて1コーナーでインに入り、これはフェルスタッペンが抜いたかなと思ったら、ラッセルが2コーナーでクロスラインを仕掛けターン3を並んでいくシーンもありました。フェルスタッペンに対してもきっちりとラインを残していて、ラッセルは周りがすごく見えています。だからといって完全に譲ってしまうわけでもなく、相手のラインを牽制しながらもギリギリ残すという絶妙すぎる争いに痺れました。守ったラッセルと攻めたフェルスタッペン、両者とも素晴らしかったですね。僕ならドライバー・オブ・ザ・デーをラッセルにあげたいなと思いました。
このバトルでのラッセルは本当に素晴らしく、末恐ろしいくらいです。あのふてぶてしさと強さ。しかも冷静に、あの若さでそういったバトルをしています。間違いなくラッセルはこれから来ますね。本当に冷静に後ろのフェルスタッペンの動きを見て、ムダな動きがひとつもありませんでした。今回のメルセデスはストレートスピードが少し速くなったことでラッセルが手負いのフェルスタッペンと同等のバトルができましたが、レースペースとしてはまだコンマ5秒くらいレッドブルに負けています。ただ、そんな厳しい状況のなかでの戦いっぷりは見事でした。
一方チームメイトのルイス・ハミルトンは、スタート後のターン4でケビン・マグヌッセン(ハース)と接触してしまい、また弱気な発言の無線が出てきてしまいました。ラッセルも前に行ってしまったので気持ちは分かります。「エンジンセーブするべきだよ」という無線は……正直あまり関係ないと思います(苦笑)。自分の勝てる権利がなくなってしまい、ラッセルに対しても勝負にならない、世界王者なのにこんな戦いはしたくないという、今年のハミルトンのネガティブな部分がすべて出てしまいましたね。
ですが、ハミルトンがそんな弱音を吐くと、チームが「8番手くらいまでは順位を上げられるよ」ということを言っていましたが、あの即答はスゴかったですね。あの瞬間にその後のレース戦略の計算ができているわけです。恐ろしいスピードでレース中の戦略や周回数、タイムの計算を行っていて、本当にどういう風に計算をしているかを知りたいです。あれを言わてしまうと、ハミルトンも『8番手まで上がれるの!?』と思わざるを得ません。
ハミルトンは実際にどんどんと順位を上げていき、途中から気持ちもノッてきたのかタイムもどんどんと上がっていました。ああいった状況だったので、ハミルトンもゾーンに入っていました。ドライバーは一度『もう駄目だ』となった後に開き直って、ゾーンに入ることがあります。今回のスペインでのハミルトンなら、ラッセルと十二分の勝負ができたと思います。ハミルトンは、ここ数戦ネガティブな感情が先に出てしまい、そういったゾーンに入った状態が離れてしまっていました。ですので、今回の件でそのゾーンを思い出して取り戻してくれるといいなと思います。
レッドブル陣営はフェルスタッペンを早めにピットインさせソフトタイヤに交換させるなど、驚くような戦略を採りましたが見事に作戦を遂行しました。何が良かったかというと、やはりレッドブルはタイヤのデグラデーション(性能劣化)がそれほど大きくないと証明されたことです。ソフトタイヤのストラテジーでタイムを落とさずに長く走ることができたことが勝因ですよね。
レッドブルが実際どう思っていたかは分かりませんが、タイヤが予想どおりに保つかどうが、際どい部分、結構賭けな部分もあったかと思います。ただ、ルクレールがリタイアしていなかったらどうなったかは分かりません。フェルスタッペンとレッドブルは、ルクレールがいない状況のなかでの完璧なタイヤマネジメントと、チームもマネジメントできるだろうと採った作戦が見事にハマりました。
そんなフェルスタッペンにトップの座を譲ることになったのが、チームメイトのセルジオ・ペレスです。最後の無線の気持ちも分かりますが、ペース的には圧倒的にフェルスタッペンの方が良かったので、「すごく不公平だけど、了解」とか「後で話し合おう」という無線はパフォーマンスですね。実際のところ、冷静に後で映像を見ると『これは譲らざるを得ない』という流れになっていました。でもそういったパフォーマンスも大事で、それだけの気持ちを持ってレースをしているんだということをチームにアピールすることは大事です。今回のペレスは良い仕事をしました。
角田裕毅(アルファタウリ)ですが、最初のペース的には好調かなと思いました。これまでの課題だった燃料が重いときのマシンパフォーマンスがそれほど悪く見えなかったのですが、途中に少しペースを落としていた感じはありました。そのあたりは冷静にタイヤマネジメントをしていたのかなと思います。レースの前半だけは少しプッシュ気味で前車についていくタイムで走り、タイヤが厳しくなってきたところで、そこからタイヤマネジメントも入れながらのペースコントロールで最後まで走り切ったという感じでした。
アルファタウリに関してはスペインでアップデートがなかったので、他のチームに対して若干厳しい状況のなかでの戦いだったと思いますが、そういった状況のなかでタイヤ、マシンのパフォーマンスを100%引き出すという部分では、今回の角田は非常に良い仕事をしたと思います。本当に成長を感じさせるレースでした。この流れを引き寄せたまま戦い続けていると、本当にマシンのアップデートがそのサーキットにピタッと当たったときにチャンスを引き寄せることができます。角田は、チーム内でも見た目以上に良い流れを作れていると思うので、今後も期待できると思います。
次戦のモナコも楽しみですが、フェラーリパワーユニットの信頼性や、メルセデスもスペインの最後ではリフト&コーストをしなければならなくなり、リフト&コーストはエンジンを労るということからなのか、燃費に不安があったからなのかは分かりません。ですが、実際のところは何らかのトラブルを抱えていたことは事実です。やはり気温が暑くなったときにはどのチームもギリギリなところで走っているので、気温36.4度、路面温度48.9度のスペインGPでは、どのチーム、どのエンジンメーカーも結構ギリギリまで攻めていることが分かりました。
そういった意味では、今後の勢力図はまだまだ分かりません。速ければいいという訳でもなく、パワーユニットもどんどん使ってしまうと後半戦が厳しくなります。トータルで考えると若干パワーを落としてでも確実にやらなくてはならないレースも出てくるでしょう。チャンピオンシップ争いは、今回はフェルスタッペンがルクレールを逆転しましたが、これからはまた強烈な戦いが引き続き見られると思います。昨シーズンはレッドブルvsメルセデスでしたが、今年はレッドブルvsフェラーリvsメルセデスという3強になったので、ますますシーズンが分からなくなり、一視聴者の意見になってしまいますが、今年のF1も本当に面白い状況です。
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<<プロフィール>>
中野信治(なかのしんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長として後進の育成に携わり、F1インターネット中継DAZNの解説を担当。
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