【中野信治のF1分析/第10戦】今季一番のレース。我慢と潔さで流れを呼び込んだサインツと焦りが見えたルクレール

 

 2022年シーズンのF1は新規定によるマシンの導入で勢力図もレース展開も昨年から大きく変更。その世界最高峰のトップバトル、そして日本期待の角田裕毅の2年目の活躍を元F1ドライバーでホンダの若手育成を担当する中野信治氏が独自の視点でレースを振り返ります。第10戦イギリスGPは大雨で波乱の雨となった予選、そして大クラッシュで赤旗中断からのトップバトル、そしてレース終盤のセーフティカー導入後の激しいバトルなど、見どころ盛りだくさんの展開になりました。そのなかで今回はF1参戦150戦目にして初優勝を果たしたカルロス・サインツのいぶし銀の活躍を中心に解説します。

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 シルバーストン・サーキットで行われた2022年F1第10戦イギリスGPは予選から決勝までいろいろな出来事が起こる内容の濃い週末で、間違いなく今季これまでのベストレースでした。今回はマシンのアップデートを持ち込んだチームが多かったですが、そのなかで目立ったのはやはりメルセデスです。アップデートの詳細は不明ですが、おそらくフロアを変更してきたことがポジティブに働いたのだと思います。

 メルセデスは第6戦スペインGPでもかなりポーパシングが減っていたので、その時点ですでに対策の何かを見つけていたのかもしれません。スペインGPの後はストリートサーキットが続いたのでポーパシングが再び起こっていましたが、シルバーストンのような路面のサーフェス(表面)がきれいなサーキットに来るとポーパシングは収まっていました。

 確実にスペインGPの時より前進していますが、それでも本当の意味でメルセデスがポーパシング対策の原因を見つけることができたのか、それともクルマのアップデートにプラスアルファで路面が荒れていないシルバーストンだったことで車高を下げて走ることができたのか、今回の内容だけではまだ見えません。

 雨となった予選ではカルロス・サインツ(フェラーリ)がF1参戦150戦目で初のポールポジションを獲得し、フェラーリが速さをみせました。クルマのパフォーマンス的には今回、ドライでもウエットでもレッドブルとフェラーリはすごく近いところにあったように思います。シャルル・ルクレール(フェラーリ)のQ3でのスピンによる黄旗にマックス・フェルスタッペン(レッドブル)が影響され、そこで失ったタイムは確かにありますし、フェルスタッペンの雨のうまさを考慮すると、今回はフェラーリとレッドブルのマシンパフォーマンス差はほぼなかったと思います。

 その予選ではいい流れに乗ったサインツが本当にノーミスで、余計なプレッシャーから解放された感じを受けました。むしろプレッシャーを感じていたのがルクレールの方に見えましたね。逆にフェルスタッペンはそれが油断というわけではないと思いますが、アタックの際に360度スピンでマシンを立て直すという技を見せてくれました(苦笑)。結果としては360度スピンで済みましたが、大きなクラッシュにもつながりかねないミスだったと僕は思っています。

 スピンやミスが多い予選でしたが、サインツは非常にスリッピーな雨のシルバーストンでミスなく我慢し、強さが復活したことを印象付ける予選アタックを見せました。そう考えると、イギリスGPのサインツは練習走行からコツコツと流れを作り続けていました。週末を通じて無線の対応や頭の切り替え方などが、波のないときのサインツに戻ったなという印象を強く受けましたね。

 決勝レースのスタートではヒヤッとする大きなアクシデントが発生しました。まずは本当に周冠宇(アルファロメオ)が無事で良かったです。アクシデントの起点となったのは、、少しスタートで遅れてしまった8番グリッドのジョージ・ラッセル(メルセデス)が11番グリッドのピエール・ガスリー(アルファタウリ)の動きを確認できていなかったことだと思います。ラッセルが左にマシンを寄せていったのはガスリーが見えていない感じの動きでした。

 ただ、ラッセルはわざとその動きをしたのではなく、ガスリーのマシンが死角に入り、その隣にいた9番グリッドの周の動きをラッセルは見て左に寄せていったからだと思います。ラッセルと周の間にガスリーが入ってきていたという本当に残念なアクシデントで、挟まれたガスリーも行き場がなく、どうすることもできない状況でした。運が悪かったアクシデントだったと思います。後方では角田裕毅(アルファタウリ)やアレクサンダー・アルボン(ウイリアムズ)などのドライバーもアクシデントに巻き込まれてしまいましたが、本当に避けようがない状況でした。

 周のマシンも逆さまになったままあれだけのスピードでスライドして、見ていて本当にヒヤっとするアクシデントでした。現代のマシンはヘイローとモノコックを含めてクルマ全体が頑丈になり、クラッシュテストも厳しさも増していています。今年からマシン自体が大きくなって重くなり、重心も若干上がってドライビングしづらい部分もあると思いますが、安全面は格段に上がっていることが今回のアクシデントで分かりました。逆を言えば、ヘイローが頑丈すぎたことで、ひっくり返ったクルマがそのまま滑っていったという印象もありましたね。

 周のマシンは最後にはクラッシュパッドに当たる瞬間に跳ね上がって、この時も少しヒヤッとしましたが、結果としてはマシンのフロア側が柵の網に当たったことは本当に運が良かったです。逆にマシンが跳ね上がらずにあのスピードでそのままクラッシュパッドにぶつかっていたら、かなりの衝撃だったことは間違いありません。結果として今回の周のクラッシュは、幸運も味方したなと非常に思いました。

 トップ争いは、レースのスタートではソフトタイヤを履いたフェルスタッペンが蹴り出しの良さを活かしてミディアムタイヤのサインツをかわして前に立ちました。ですが、ソフトがどれだけ保つか分からないので、作戦として正解だったかどうかは正直分かりません。赤旗中断後の再スタートではフェルスタッペンはミディアムにタイヤに変え、2度目のスタンディングスタートでも再び良いスタートを切りましたがソフトのときほど恩恵は得られず2番手のまま、サインツも2度目のスタートでは非常に良い蹴り出しをみせました。

 サインツは多くのドライバーがマシンを降りてリラックスしているなか、赤旗中から再スタートに向けてマシンに乗り込むタイミングが本当に早く、ずっとクルマに乗って集中力を高めていたのが印象的でした。今回のイギリスGPではいろいろな流れがサインツにありましたが、そういったサインツの姿勢も影響しているのかな思います。

 赤旗再開後はトップのサインツと2番手のフェルスタッペンのパフォーマンスは互角で、タイヤのデグラデーションを考えるとフェルスタッペンが少し有利になってくる展開に見えたのですが、そこでフェルスタッペンにデブリが襲いました。裕毅かガスリーのどちらかは分かりませんがアルファタウリのクルマの破片を踏んでしまい、フェルスタッペンのマシンのフロアが損傷してしまいました。レッドブルとアルファタウリは兄弟チームにも関わらず、今回は両チームに流れがありませんでしたね。

 そのアルファタウリの2台もポイント獲得圏内を走っていながら同士討ちという結果になってしまい、もったいない展開でした。1周目のアクシデントで裕毅かガスリー、あるいは両マシンかは分かりませんが、もしかしたらサスペンションのキャンバーやトーが若干狂っていた可能性もあると思います。いずれにしてもレースペース的には裕毅の方が速いように見えましたが、チームの戦略というかチームオーダーは出ずにふたりの戦いになり、最終的にお互いが接触してしまいました。

 あの接触については、裕毅がガスリーのインに、少し中途半端な入り方になってしまったように見えました。オンボードを見ると裕毅の方が先にマシンコントロールを失ったように見え、レース後のコメントでも裕毅は謝罪をしているのでミスのようで、チームとしてはいただけない結果になってしまいました。とはいえ、トライすることは非常に大事で、あそこでトライをした裕毅の動きは決して悪くなかったと思います。裕毅には今後もアタックする姿勢をなくしてほしくないですし、ミスはミスと受け入れ、次に活かしてほしいです。レースペースも悪くなかったですし、雨と晴れともに週末を通してのペースは悪くなかったので、これから流れをもう一度自分に引き寄せてほしいです。

【角田裕毅F1第10戦密着】
接触によりコースオフした角田とガスリー

●チームメイト潔くトップを譲りながらも、最後に抜き返してF1初優勝を飾った苦労人サインツの底力

 トップ争いはフェルスタッペンが脱落してしまい、フェラーリ2台の後ろにルイス・ハミルトン(メルセデス)が追いつくという展開になりました。そして1回目のピットイン後、トップのサインツが2番手のルクレールを前に出しました。ルクレールは無線でチームに対してトップを譲るようプレッシャーをかけ続けていましたが、チームも状況は分かっているはずなので、そこまでプレッシャーかけるのはどうなのかなと思いました。

 そのあたりの無線で見えるルクレールの焦りといいますか、言い方として正しいかわかりませんが『オレの方が速いんだからオレの方が上だろ』という若干の上から目線を感じましたね。再スタート後の1周目にセルジオ・ペレス(レッドブル)をターン4でオーバーテイクしにいくときにも少し接触がありましたし、強引だったと思います。結果としてエンドプレートの破損で済みましたが、ルクレールに若干の焦りを感じました。

 対するサインツはとにかく自分のやるべきことをこなして、チームとしても前半はサインツにチャンスをあげたいという気持ちが見えました。フェラーリはまずはフリーでサインツを戦わせている印象があり、サインツにペースがなければ入れ替えるということでした。そして順位を入れ替える手前のところでも、サインツが『もう1周行かせてくれ』と無線で言って、もう1周走ってみてチームがターゲットとしているタイムを出せなかったら入れ替えるということを素直に受け入れ、サインツはそのターゲットタイムに届かなかったのでルクレールと順位を入れ替えることを決めました。

 そのサインツの判断は潔かったですね。そして無線の内容や返事、会話の仕方もカッコよかった。本当に歯切れが良く、もう自分でやるべきことしてダメだったから譲ったわけですけど、サインツにすごく綺麗ないい流れを感じました。ルクレールもここ数戦トラブルやアクシデントなどいろいろなことがあり、ストレスを感じて焦った感じになってしまうのは仕方ないですけど、そういうときだからこそ、さらに上に行くための何かが必要なのかなというのを感じたレースでもありました。

 順位を入れ替えて2番手になったサインツですが、レース終盤に本当に千載一遇のチャンスといいますか、エステバン・オコン(アルピーヌ)のストップでセーフティカー導入というタイミングが訪れました。もう最高のタイミングでしたね。フェラーリはトップのルクレールをピットに入れなかったのか、それともタイミング的にルクレールが入れなかったのか分かりませんが、ルクレースはステイアウトして、2番手のサインツがピットに入りました。

 ルクレールとサインツにはそこまで大きなギャップはなく、2〜3秒差だったと思うので、ルクレール(ハードタイヤ)はトップだったから少しのリスクも負いたくないというところでそのまま行かせたのか、ルクレールをピットに入れたときにハミルトンがステイアウトしたらまずいということを考えたのだと思います(後のフェラーリチーム代表のコメントで戦略として後ろのハミルトンを警戒してルクレールをピットインさせなかったことが判明)。

 ただ、冷静に考えれば残り周回数と燃料残量を考えると、ソフトタイヤが速いのはほぼ明白だと思います。ですので、普通に考えればあれはピットに入れるタイミングだった思います。そして結果的に、残り10周で使い古したハードタイヤでトップを走るルクレール、新品のソフトタイヤを装着した2番手のサインツと3番手ハミルトン、そしてセルジオ・ペレス(レッドブル)が並んでレースが再開されましたが、最後の10周のスプリントバトルは本当に抜きつ抜かれつの面白いレースになりました。

 若干やりすぎかなと思える激しいバトルや、相手をアウト側に放り出していく感じはちょっとどうなのかなというシーンも見られましたが、その部分を外に置いて見ると、あのバトルは本当にF1ドライバーならではのギリギリのドライビングでした。コース幅が広いシルバーストンでさまざまなライン取りを見せながら、本当にこういったバトルを見ることができると多くの人の心を掴むことができると思いますし、今年レギュレーションを変更して接近戦を増やしたいというFIAの狙いが、高速コーナーが多いシルバーストンでピタッとはまった内容でもありました。

 ハードタイヤでステイアウトしてディフェンスするルクレールも本当に素晴らしかったです。今シーズンはトラブルもあり、チャンピオンシップ争いでも厳しい状態にはなってきていますけど、ドライバーの能力という部分ではルクレールはやはりチャンピオンを争える、未来のチャンピオン候補のひとりであることは間違いないということを存分に見せてくれた走りでした。

 そして最終的にはサインツが見事、F1参戦150戦目で初優勝を果たしました。これだけ長く優勝まで時間が経ってしまうと『俺は勝てるんだろうか』と自分のことを信じることが難しくなったと思います。特に今シーズンは新しいレギュレーションのクルマが自分のドライビングスタイルに合っていなかったと思うので、サインツはその部分ですごく苦しんでました。そのなかでチームメイトのルクレールがスピードを見せ、サインツ自身も前半戦は焦りも生じてミスも多く、自信を失いかけたタイミングもあったと思います。

 そのなかで2戦くらい前から流れを少しずつ自分の方に持ってきて、我慢をしていたと思いますが、そこが本当にサインツのメンタルの強さだと思います。僕もドライバーとしていろいろなカテゴリーで初優勝のうれしさや難しさは実感してきましたが、サインツ自身もいろいろな思いがあったと思います。『諦めちゃダメ』『信じ続けることの大事さや尊さ』など、今回の初優勝でいろいろなものを自分自身で感じだと思いますし、周りで見ている人たちもそれを感じることができたと思います。これまでサインツを見てきた僕としても、ウルッとまではいきませんけど、今回の勝利に関しては本当にすごくグッと心に来るものがありました。

2022年F1第10戦イギリスGP カルロス・サインツ(フェラーリ)の初優勝を祝うチーム
2022年F1第10戦イギリスGP カルロス・サインツ(フェラーリ)の初優勝を祝うチーム

 今回のイギリスGPは何よりアクシデントに巻き込まれたドライバーたちが無事だったということが、本当にすごく良いニュースでしたし、最後の最後まで結末が分からないという部分では予選と決勝ともに今年一番のレースだったと思っています。今後は、メルセデスも含めた3強が詰まった感じになり、次戦のオーストリアは路面のサーフェスも綺麗で、おそらく車高も下げていけるのでメルセデスのクルマが速さを発揮してくるでしょう。フェラーリももちろん速いと思いますし、レッドブルも得意としているサーキットでもありますので、次のオーストリアGPはファンにとってたまらないレースがまた見られるのではないかなと期待しています。

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<<プロフィール>>
中野信治(なかのしんじ)

1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長として後進の育成に携わり、F1インターネット中継DAZNの解説を担当。
公式HP https://www.c-shinji.com/
SNS https://twitter.com/shinjinakano24

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