【F1チームの戦い方:小松礼雄コラム第16回】過去の反省を活かし、創設7年目で掴んだ初ポールは「今までで一番嬉しい」
2022年シーズンで7年目を迎えたハースF1チームと小松礼雄エンジニアリングディレクター。第21戦ブラジルGPでは、ケビン・マグヌッセンが自身初、そしてチームとしても初めてとなるポールポジションを獲得した。予選Q1から完璧にオペレーションを進め、的確な判断を下して掴んだポールポジションを小松エンジニアも素直に喜んだ。そんなブラジルGPの現場の事情を小松エンジニアが振り返ります。
────────────────────
2022年F1第21戦ブラジルGP
#47 ミック・シューマッハー 予選20番手/スプリント12番手/決勝14位
#20 ケビン・マグヌッセン 予選ポールポジション/スプリント8番手/決勝DNF
ブラジルGPでは、チーム創設7年目にして、初めてポールポジションを獲得しました。この7年が早かったか遅かったかというと、どちらとも言えないですね。僕は2003年からF1で働き始めましたが、2004年にイモラでジェンソン(バトン)が、2006年にはルノーで何度かポールを獲得したことはありますが、あの頃と今では立場が違います。自分がチームのオペレーションに責任を持つ立場でポールを獲ったのは人生でこれが初めてなので、めちゃくちゃ嬉しかったです!
予選はすべてのセッションを完璧にまとめられたと思います。Q1終盤にドライタイヤに変えたタイミングもよくて、ケビンの最後のアタックを残り時間30秒で開始し、路面状況の最もいいところを使えました。Q2でも終盤に雨が降るとわかっていたのでまずは最初のランでタイムを出し、その後早めに最後のランにケビンをコースに出しました。ケビンがタイムを出した後は誰も自信のタイムを更新できなかったので、これもいいタイミングでした。Q2終了後はピットウォールで雨の状況を見ていて、レーダー上では大きい雨雲がサーキットの真上にあったので、Q3でインターミディエイトタイヤを履くか、ドライタイヤを履くかが一番大きな判断でした。
インターバルの間はコース上の映像が見れないので、コースのどこかで局地的に雨が降っていたとしてもそれは僕たちにはわかりません。7分のインターバルではピットウォールで見た情報でしか判断できないので、雨の感じとQ2の最後のコンディションを考慮してドライで行こうと決めました。タイムが出るのは最初の1周しかないだろうと判断し、Q3開始の4分前にガソリンを抜いて一発勝負に。そして3分前にはエンジンをかけて、他のチームがガレージを出る直前にケビンを送り出しました。この時点でセッション開始1分前でしたが、絶対に先頭でコースに出ないといけない状況だったので迷いはありませんでした。アウトラップに出て行ってオンボード映像を見た瞬間に、いけるな、という感じでしたね。
ケビンにはアウトラップ中にも再度「この1周しかない」ということを伝えました。このプレッシャーのなかでケビンはホントによくやってくれたと思います。他のチームはもう少しガソリンを積んでいたんじゃないかと思いますが、僕としてはタイムが出るのはあの瞬間しかなかったのでその選択肢はなかったです。集中して冷静に判断できたのですごく嬉しいです。
Q3のアタックが終わった後、担当エンジニアのマークから順位を聞いたケビンが無線で「Don’t celebrate yet.(まだ祝うなよ)」と言っていましたけど、僕も同じ気持ちでした。ただもうあの段階で雨脚が強まっていて、赤旗が出る前にまだアタックをしていたドライバーのGPSを見てもセルジオ・ペレス(レッドブル)がターン4でミスをしていましたし、はっきり言ってポールだと思っていたので、その後冷静に待つのが大変でした(笑)。
もちろんハースのガレージが一番ピットロードの出口に近かったというのもありますが、今回こういう予選ができた理由のひとつは、アゼルバイジャンGPの予選の反省が活きていることだと思います。アゼルバイジャンの時もハースのガレージは出口側でしたが、Q1終盤に赤旗が出た後、最後の計測に向かう際に僕たちの反応が遅かったので、結局2台とも計測できずに終わりました。今後は絶対にそういうことがないようにと、あの時からいろいろなことを見直したのが活きた結果です。
最近では日本GPのレースで大失敗をした後に、自分のなかでも様々なことを振り返ってアプローチを考えて、その次のアメリカではいいレースができました。メキシコではクルマが遅かったもののレースのオペレーションなどすべてうまく行き、鈴鹿の失敗からちゃんと学べている手応えはありました。今回は目の前の状況で何がベストなのかを常にしっかりと判断できた結果がポールポジションに繋がったのでホントに最高でした。今までで一番嬉しいです。
■スプリント、決勝でもタイヤ選択は完璧「もしケビンが走れていたら……」
一方ミックはドライタイヤで自信を持って走ることができず、タイヤに熱を入れることもできなくて最下位でした。Q1終盤のインターからドライに変わるタイミングで自信を持てなかったようですが、僕たちはセッション終盤の路面状況が一番いい時にソフトタイヤで走ることができるように秒単位でクルマを出すタイミングを管理しており、ミックもケビンも残り30秒でアタック開始という完璧なタイミングでコースに出すことはできたんですけどね。
予選後のミックははとにかく落ち込んでいたので、精神的なフォローをしました。土曜の朝に「予選はもう終わったんだから、今日のスプリントでは、たとえポイントを獲れなくてもレースで入賞できるように10〜13番手あたりまで順位を上げよう」と目標を明確にしました。そして実際に12番手まで上げてフィニッシュしたのでよくやってくたと思います。僕は普段レース後のインラップではほとんどドライバーと無線で話さないのですが、今回はミックによくやったと伝えました。次の日のレースに向けてもっと自信を持って前向きに臨んで欲しかったからです。
そのスプリントレース、タイヤはソフトを選びました。FP2で路面温度が53度の時にソフトもミディアムも履いて走り、ウチのクルマだったら53度ではソフトは履けないけれど、42〜43度を下回ればソフトでいけるという感触でした。実際にスプリントの前のグリッドで路面は36〜37度まで下がっていたので、迷いなくソフトを選びました。
ただケビンはFP2でソフトの感触がよくなかったので、スプリントでミディアムを履きたがっていました。路面温度のことを説明してソフトを履きましたが、もしミディアムだったら、マックス・フェルスタッペン(レッドブル)の最初の1、2周を見ればわかるように、あの時点で順位を落として挽回できなかったと思います。
反対にレースでは、あの路面温度だったらミディアムスタートで良かったと思っています。ソフトタイヤでスタートしたドライバー達のタイヤがタレてくる頃にウチはミディアムでいいペースで走り続けられるだろうという予測だったので、ケビンが1周目にダニエル・リカルド(マクラーレン)に突っ込まれてリタイアになり本当に残念です。もしあのまま走れていたら、ケビンは第1スティントでいい走りをしてくれたと思いますし、入賞は十分に可能だったと思います。
インテルラゴスのコース特性とウチのクルマが合っていたこともあり、ケビンは最初からクルマに自信を持って走れていました。予選もQ1、Q2と進むにつれて自信を深めていき、スプリントでもいいレースをしてくれて、気持ちの入った走りでした。ただ次のアブダビはクルマがそこまで合わないと思うので、そこでどういう走りをするのか、プッシュできるかどうかというのは、2023年に向けても重要になると思っています。
積読本や購入予定の書籍の情報を投稿しています
小説/開発/F1&雑談アカウントは、フォロバを返す可能性が高いアカウントです