【中野信治のF1分析/第8&9戦】際立つアロンソとフェルスタッペンの野生の勘。諸刃のフェラーリ・パワーユニット
2022年シーズのF1は新規定でマシンが一新して勢力図もレース展開も大きく変更。その世界最高峰のトップバトル、そして日本期待の角田裕毅の2年目の活躍を元F1ドライバーでホンダの若手育成を担当する中野信治氏が独自の視点でレースを振り返ります。今回テーマになるのは第8戦アゼルバイジャンGPと第9戦カナダGP。トリッキーなコンディションと全開率の高い直線のコースで、さまざまなドライバーの特徴が見えました。
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2連戦となった2022年F1第8戦アゼルバイジャンGPと第9戦カナダGP、まずアゼルバイジャンGPではレッドブルが強さをみせました。バクー市街地サーキットはダウンフォースが少なく直線が長いコースなので、回り込んだコーナーが少ないコースに行くと、レッドブルがフェラーリとの差が縮まるという印象は以前からありました。ですのでアゼルバイジャンGP、そして同じく直線が長くてコース特性が似ているカナダGPではレッドブルのマックス・フェルスタッペンが2連勝と、その印象どおりの結果になったのかなと思います。
先日の第9戦カナダGPの予選は、土砂降りの雨から路面が乾いていくという難しい展開で行われました。ドライバー目線で言うと、雨が上がって周回を重ねるごとに刻々と路面コンディションが変化する状況なので、最後のアタックに向けて自分のブレーキングポイントや乾き始めている路面を見つけながら、変化する状況にドライビングを合わせ込んでいかないといけません。
同じような条件でずっと周回していれば、みんなが同じように速く走ることができると思います。そうではなく、今回のように変化していく状況のなかでクルマを速く走らせるためには、走行ラインの選択にマシンと自分の適応能力や感覚、そして経験を頼りにして、その時点でもっとも最適なドライビングをいかに素早く合わせ込んでいけるかが大切になります。そういう状況になると、ドライバーの差が顕著に現れてきます。
そのなかで今季好調のセルジオ・ペレス(レッドブル)が予選Q2でクラッシュしてしまいました。ペレスはその前の雨量が多い状況の時から雨で滑るマシンのコントロールに苦しんでいる印象がありました。Q2のクラッシュも、路面が乾き始めてきた状況のなかで、チームメイトのフェルスタッペンとのタイム差が大きかったので焦りが出てしまったように見えましたね。
クラッシュした周、ペレスは明らかにターン3(シケイン)の進入でブレーキングを遅らせすぎていて、完全に行き過ぎていました。データでは前の周に比べると踏力が20パーセントくらい高くなっていたので、当然ブレーキを踏んだ瞬間にタイヤはロックしてしまいます。少し焦っている気持ちが出てしまったクラッシュでした。
ペレスはそれまでフェルスタッペンとのタイム差も大きかったので、ブレーキングで少しでも差を詰めたいという気持ちがあったことは間違いありません。その気持ちが先に行き過ぎて大きなミスにつながってしまいました。
一方、そのペレスのミスを引き起こさせた理由は、ああいった状況でのフェルスタッペンの適応能力の高さです。ポールポジションを獲得したフェルスタッペンは雨上がりの難しいコンディションにも関わらず、ブレーキタッチの繊細さ、そして路面の乾き始めていくところを見つける野生の勘といいますか、そういった感性の部分がズバ抜けているので、常にペレスに対して差をつけていました。
そして今回のカナダGPでは、予選2番手にフェルナンド・アロンソ(アルピーヌ)が続きました。アロンソもまさにフェルスタッペンと同じ野生の勘を強くもっているドライバーと言っていいと思います。雨で路面状況が変化しているときのアロンソは、非常にライン取りが面白くて独特で、コースを縦横無尽に使って走っていきます。ほかのドライバーだと雨はラインを少し外して、コーナーでもやや外側を走ったりするのが定石ですが、アロンソはその外し度合いが非常に大きいです。
雨の場合、通常のドライコンディションでの走行ラインを外して走った方がグリップする、ということは結構あります。外側に行けば行くほどバンク角がついている場合が多く、バンク角がついていると外側が先に乾いてきますし、逆に内側のラバーグリップが載っている場所が(油分の多いタイヤゴムと水の関係で)雨になった瞬間に滑り出したり、轍(わだち)のようになって水が溜まっていたり、いろいろな理由でイン側を避けて走ります。アロンソはそのあたりのラインの見つけ方が、経験の多さもありますが、昔から独特の走らせ方をしていました。
それは『雨だからこう走る』『このコースはこう走らないといけない』といった常識に囚われない野生の勘と言っていいと思います。決勝レースのスタート直後の強さにも通じていますが、そういう混沌とした場面ではアロンソの真骨頂を見ることができます。
データを見ても、今回の予選でのアロンソは、走行ラインの見つけ方もフェルスタッペンと似ていて、ふたりともほぼ同じようなラインをトレースしています。レッドブルとアルピーヌではクルマの差があり、アルピーヌの方がダウンフォースが少ないクルマなのでターン1〜2のブレーキングなどがでレッドブルに少し離されていましたが、コーナリングスピードそのものは差はなく、同じようなラインとブレーキングポイントを見つけられているということが分かりました。
●2022年F1第9戦カナダGP予選 フェルスタッペンとアロンソのオンボード比較映像
アルピーヌは今回、ダウンフォースを減らしていたのでストレートもかなり速かったですが、ダウンフォースを減らしている分、ブレーキングが厳しい。カナダGPのジル・ビルヌーブ・サーキットは大きなブレーキングポイントが3カ所ほどあるので、そういった場所ではどうしてもフェルスタッペンに差をつけられていましたが、アロンソはチームメイトのエステバン・オコンに対してはかなりのアドバンテージを持っていました(結果的に予選では1.6秒差)。見ていて非常に勉強になる走らせ方でした。
また、予選ではハースの2台もQ3に進出しましたが、ウエットコンディションでハースが速いというのは意外でした。ハースのマシンは動きを見ていると固い印象があるので雨は厳しいかなと思いましたが、路面が乾きはじめたQ2くらいからクルマがコンディションに合ってきていました。ミック・シューマッハーもQ2から急激にペースが上がっていましたが、正直何が良かったかは分かりません。
そのシューマッハーも最終コーナーで若干ミスをした以外はチームメイトのケビン・マグヌッセンとほぼ互角でした。予選のタイム差(0.396秒)はありましたが、それは最終コーナーの差だけで、どちらかというとマグヌッセンの方がうまく最終コーナーをクリアしたと言ったほうがいいかもしれません。決勝はリタイアに終わってしまいましたが、今回の予選でシューマッハーには何かを掴んでほしいですし、あとは初めてQ3に進出したルーキーの周冠宇(アルファロメオ)も今回の予選で光っていたドライバーのひとりで、非常にアグレッシブで良い走りをしていました。
決勝ではスタートで2番グリッドのアロンソがポールのフェルスタッペンに仕掛けるかと思いましたが、フェルスタッペンが素晴らしいスタートを決めました。アロンソが横にいましたが、フェルスタッペンはまったく焦った様子を見せませんでしたね。やはり相手がチャンピオンシップを争っているシャルル・ルクレール(フェラーリ)とは違いましたし、レッドブルとアルピーヌは圧倒的なマシン戦力差があるので、追い抜かれてもすぐに抜き返せるという自信もあったかもしれません。その精神的な余裕は間違いなくあったはずなので、フェルスタッペンは冷静にスタートができていて、逆にアロンソの方が若干ホイールスピンが多かったように見えました。
その後はバーチャルセーフティカー(VSC)も導入され、ピットに入るドライバーと入らないドライバーで戦略が分かれるという面白いレース展開になりましたね。最初のVSC導入は8周目だったので、1ピットストップで70周のレースを走り切るには厳しい周回数でした。動かざるを得ないチームやドライバーもいたので、何が正解かというのは分かりません。結果的に上位勢ではフェルスタッペンとルイス・ハミルトン(メルセデス)がピットに入りミディアムタイヤからハードタイヤに交換し、対してカルロス・サインツ(フェラーリ)とアロンソはコースに残りました。ここがレースを面白くした1度目のVSCでした。
おそらくフェルスタッペン的には、仮にアロンソやサインツに対して1回ピットストップが多くなったとしても追いつけるという自信があったのだと思います。だからポジションを下げるというリスクを取ることができた。ピットアウト後にプッシュしてトップに追い付き、ポジションが近いところでもう一度ピットに入ってタイヤを交換し、レース終盤に追い抜くというストーリーもフェルスタッペンはできたはずなので、もうひとつのシナリオも考えていたと思います。
ですが実際、レース終盤にサインツを追い抜けたかというと、終盤のペースを見ていると厳しい可能性がありました。サインツの方がタイヤの状況も良かったのですが、カナダGPではフェラーリがかなり良い走りをしていました。フェラーリはシーズン前半戦と比べて、ここ数戦はマシンのアップデートでタイヤのデグラデーションがかなり改善されています。第4戦エミリア・ロマーニャGPのときのような急激なグリップダウンはもう見えません。そうなるとレッドブルにとってフェラーリは再び手強い相手になり、今後のサーキットのレイアウトによってはレッドブルと五分か、もしくはフェラーリが上回るレースもあるということが今回分かりました。
最終的にはそのままフェルスタッペンが逃げ切って優勝、2位サインツ、3位ハミルトンという結果になりましたが、レース後には3人とも力を出し切ったという清々しい表情をしていました。フェルスタッペンはサインツを抑えきって勝つことができましたが、レース後半は明らかにサインツの方が速い状況でした。その大きなプレッシャーのなかミスなく抑えきったこと、そしてタイトルを争っているルクレール(5位)とのポイント差を考えても、今回のカナダGPの勝利はかなり大きな意味があったと思います。
2位のサインツも今年苦しいシーズンが続いてきているなかで、勝てなかったことは当然悔しかったと思いますが、トップのフェルスタッペンと同じペースでレースを戦い、実質的にレース終盤はコース上で一番速いドライバーでした。結果的に2位でしたが、最後までフェルスタッペンを追い、速さを証明できて自信につながったと思います。レース直後のパルクフェルメでの表情とフェルスタッペンを讃えるコメントも、すべてを出し切った感が出ていて清々しかったですね。
3位のハミルトンは優勝したような喜びで、今シーズンいかに苦しんでいたかが分かる表情でした。アゼルバイジャンGPでは4位でしたが走りに関しては満足して喜んでいたようなので、見ている側としても、ひさびさに集中力に満ちたハミルトンの走りを見ることができました。
今回、ハミルトンが復活するきっかけになったのは、アゼルバイジャンGPでポーパシングの影響により背中を痛め、体がどうしようもない状況になったという難しい状況になったことが挙げられます。ハミルトンはそこで自分自身を追い込んでゾーンに入り、『限界はまだこの先にあるんだ』ということを見つけて、マシンのポテンシャルを最大限に引き出して走れたという印象があります。現時点でのメルセデスのクルマのポテンシャルと、そのクルマなりの戦い方があることを今回のカナダGPでハミルトンはきっちりと見せてくれました。
一方で少し残念だったのが角田裕毅(アルファタウリ)です。PU(パワーユニット)エレメントの交換で20番グリッドの最後尾からのスタートでしたが、見ていた感じはレース中のラップタイムも結構良かったですし、タイヤのデグラデーションもそこまで大きいようには見えませんでした。着実に順位を上げて、確実にポイントを獲得できるポジションにいたと思いますし、そこまで焦る必要はなく完璧にレースを進めていたので、成長を感じさせるレース展開を見せてくれていると思っていましたが、ピット直後のピットロード出口でクラッシュして終わってしまいました。
カナダのピットレーン出口は、コースの外側を回っていくので結構スピードが乗っていて、シフトダウンをしながらコーナーのようにターン2に進入していきます。そして、あの出口にはバンプがあり、かなりトリッキーなピットアウトになります。レース後の表彰式の前にフェルスタッペンとサインツが裕毅のクラッシュシーンの映像を見てバンプの難しさを語っていたようですね。
ドライバーとしては相手のクルマが見えると一刻も早く合流したいのでピットロードが終わった瞬間からプッシュしますが、今年からタイヤウォーマーの温度も規定で低く設定されているのでフロントタイヤは温まりきれていません。そんないろいろな状況が重なって起こったアクシデントですが、少し若さが出てしまいましたね。もったいないクラッシュでしたが、これも経験です。今年の裕毅はこれまで大きなミスをしていなかったので、今回のミスは珍しいと思いました。これまでは少しマシントラブルが続いていて、悪い流れを断ち切るということでカナダGPは決めてほしいと思っていました。ただ、1年近くF1で戦っていれば、誰もが何度かミスを犯していると思うので、こればかりは何とも言えません。
ひとつ言えることは、カナダのピットレーン出口は難しく、いろいろな状況が重なってしまい発生したアクシデントだということです。マシンにトラブルが起こったのではないかと思った人もいるでしょうし、あんなところでミスをするのかと思っている人もいるかもしれません。今回は裕毅のミスですが、あのコーナーでは起こりうるミスでした。
今回のカナダGP、そしてその前のアゼルバイジャンGPの2戦はフェルスタッペンの連勝になりました。その一方、ルクレールにはトラブルやアクシデントが連続してしまいました。パワーユニットにトラブルが多かったこの2戦ですが、アゼルバイジャンGP、そしてカナダGPはアクセルの全開率が高いのでパワーユニットへの負荷が大きいことが影響していると思います。フェラーリに関しては今後、おそらくパワーを落としていかないといけないサーキットも出てくると思うので、そうなるとレッドブルとフェルスタッペンに流れが向くことになると思います。
クルマ的にはフェラーリが優位にあることは変わらないと思いますが、パワーユニットの部分では信頼性も含めてホンダが開発したレッドブル・パワートレインズが一枚上なのかなと。馬力の部分ではほんの少しフェラーリを上回っている感じがしますが、フェラーリはその馬力を出すためにリスクをかなり負いながら攻めているというのが今年のこれまでの印象です。
次戦はシルバーストン・サーキットでのイギリスGPですが、中高速コーナーの多いシルバーストンはサーキットに行ってみないと戦力差は分かりません。シーズン中盤のイギリスGPまで行くと、ほぼすべてのタイプのサーキットを走行したことになるので、次戦のシルバーストンでは、今年のレギュレーションにしっかりと合わせてきて、なおかつ速いマシンが分かりやすく出てくると思います。また、日本のF1ファンとしてはコース特性が似ているので、シルバーストンで速いマシンは鈴鹿サーキットでも速いことから、日本GPを占う意味でも注目のレースになりそうです。
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<<プロフィール>>
中野信治(なかのしんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長として後進の育成に携わり、F1インターネット中継DAZNの解説を担当。
公式HP https://www.c-shinji.com/
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