【F1チームの戦い方:小松礼雄コラム第9回前編】待望のミック初入賞&W入賞を達成。攻める姿勢で臨んだ王者とのバトル
2022年シーズンで7年目を迎えたハースF1チームと小松礼雄エンジニアリングディレクター。第10戦イギリスGPでは、ミック・シューマッハーが待望のF1初入賞を果たした。終盤には現チャンピオンのマックス・フェルスタッペンとのバトルを演じ、このレースでまた一歩成長して自信を得たはずだ。ケビン・マグヌッセンも入賞し、ハースは3年ぶりとなるダブル入賞を果たした。
コラム第9回は、前編・後編の2本立てでお届け。前編となる今回は、イギリスGPの現場の事情を小松エンジニアが振り返ります。
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2022年F1第10戦イギリスGP
#47 ミック・シューマッハー 予選19番手/決勝8位
#20 ケビン・マグヌッセン 予選17番手/決勝10位
今回ようやくミックがF1初入賞を記録することができました。チームとしてもダブル入賞です。振り返ってみると、開幕戦ではSC(セーフティカー)が出た時にミックをピットインさせていれば入賞が可能だったはずで、マイアミでも終盤の接触がなければ入賞は確実でした。自己ベストグリッドを獲得した前戦カナダではMGU-Kが壊れてリタイアと、いつまでこういう流れが続くのかと思っていましたが、やっとここで流れが変わりました。
もちろんスタート直後の多重クラッシュがあり、リタイアしたマシンがいたのでリスタートの際にミックとケビンの順位が上がったということもあって可能になったダブル入賞ですが、与えられたチャンスをしっかりと活かすことができました。周冠宇(アルファロメオ)のクラッシュはホントにゾットしましたが、大きな怪我がなくてよかったです。
今回は金曜日に雨が降ったのでFP1はほとんど走らず、FP2が実質FP1(走り出し)となりました。ケビンは高速コーナーでのクルマの挙動が悪くてタイムが伸びず、ミックの方は走り始めで比較的大きなマージンを取っていたのでふたりとも順位は下位に終わっています。FP2後にケビンのクルマのセットアップを変更して対応しましたが、FP3でもまったくいい感触を得られなかったので、FP3後にケビンはミックのセットアップをすべて取り入れる形で予選に臨みました。
その予選では、ミックはクルマのバランスこそ悪くはなかったのですが、高速のシルバーストンで今回のような路面状況にうまく対応できていませんでした。またフロントサスペンションの組み立てに問題があり、左フロントタイヤのトーセッティングが大きくずれていて、ミックはステアリングが真っすぐではない状態で走ることになってしまいました。特に雨で路面状況が刻々と変わる予選で、このようにきちんと組まれていないクルマではドライバーはすべてを出し切れません。チーム側のあってはいけないミスです。
一方のケビンはドライで一度もまともに走れなかったものの、Q1ではうまく走ってくれていてQ2に進める手応えは十分でした。残り2周のタイミングで新タイヤに履き替え、1周目はいいタイムを出してくれましたが、2周目のアタックで上手くまとめられず、実力を出し切れないまま17番手に終わってしまいました。ドライできちんと走れていれば結果は違ったと思いますが、雨の予選で初めていいセッティングのクルマに乗ったのでは、なかなか実力を出し切ることは難しいです。ですから、これもやはりケビンのクルマの持ち込みセットアップを外したチームの力不足が浮き彫りになりました。
晴天が予想されたシルバーストンで17番手、19番手から入賞まで持ち込むのは厳しいとはわかっていましたが、とにかくやれることをやるしかありません。様々なことを考慮した結果、2台で戦略を分けて、SCにも幅広く対応できるような戦略にしました。1周目の事故でレースは赤旗中断となったため、スタートでソフトタイヤを履いていたケビンは、レース再開後は2セット持っていたミディアムタイヤで走り切ることが可能になり、ミックはミディアム→ハードタイヤの1ストップを狙いました。
結果的にこの判断であっていたと思います。赤旗再開後はニコラス・ラティフィ(ウイリアムズ)、バルテリ・ボッタス(アルファロメオ)、ダニエル・リカルド(マクラーレン)の後ろにつけて順調に走っていました。ハードに履き替える予定のミックは残り30周辺りまで引っ張りたいところです。すでにピットストップしていたピエール・ガスリー(アルファタウリ)とのギャップ見ながら、19周目にピットイン。これでまず20周目にピットインしたリカルドの前に出ることができました。
リカルドがかなりハードのウォームアップに苦しんでいたので、ケビンにはとにかくプッシュするように伝えて、オーバーカットを狙いました。ケビンを22周目にこれしかないタイミングでピットに呼び、ピットストップも順調で狙い通りオーバーカットに成功です。このスティントではラティフィに少し手こずったものの、ふたりとも前のオコンにしっかりとついていけていました。
そのエステバン・オコン(アルピーヌ)が38周目にコース上で止まってSCが出動しました。ここで2台ともにピットインの指示を出しました。特にミックはハードを履いていたので非常に簡単な判断です。ケビンはミディアムですでに16周走っていて、タイヤを変えないと再スタートでやられると思ったのでケビンも入れることに。しかしダブルストップをすれば後からピットに入るドライバーは数秒ロスすることになります。これを嫌ったケビンは「タイヤの感触もまだいいし、ステイアウトさせてくれ」と言ってきたので、結局ステイアウト。リスタート後はミックに抜かれたもののラティフィからポジションを守って10位でフィニッシュしました。
ミックは新品ソフトを活かしてケビンとセバスチャン・ベッテル(アストンマーティン)を追い抜き、最後はマックス・フェルスタッペン(レッドブル)を追い回しました。ミックの以前のクラッシュがあるので冷や冷やされた方も多いかと思いますが、この時は彼を信頼して「とにかく100%タイヤを使い切ってアタックして」と伝えました。
というのも、相手はチャンピオンのフェルスタッペンとレッドブルです。彼はクルマに問題を抱えていましたが、相手がどんな状況であれフェルスタッペンのようなドライバーを相手にきちんと戦うことができたら、それはミックの自信になります。今までクラッシュが多かったからといってこのような状況で順位を守ることしか選べないならこの世界では戦えません。成長もしないと思います。僕はヒヤヒヤするというよりも、なんとか抜いてほしいという気持ちでずっとバトルを見ていました。結局、最後はオーバーテイクできなかったですが、最初から諦めて守って8位になるのと、全開で攻めた結果8位になったのとはまったく違います。得るモノは大きかったはずです。またチームの士気も上げることができました。
ミックは最終周でもターン6でフェルスタッペンに仕掛けていきました。ただフェルスタッペンのトラブルは空力関係のものだったので、中速コーナーのターン15などの方が仕掛ける場所としてはよかったでしょうね。事実、フェルスタッペンはターン15で自信を持てていないような走り方をしていたので。ターン6で仕掛けたのを見てもったいないと僕は思いましたけど、それでもよくやってくれました。
2019年以来3年ぶりのダブル入賞を果たし、チームはとてもいい雰囲気です。ガレージでもみんな喜んでいて、レース後は記念撮影までしました。8位と10位という結果で記念撮影するのはどうなのかとも思いましたが、ミックがF1初入賞だからいいでしょう。今回シルバーストンに来ていたチームオーナーのジーンもとても喜んでいました。このいい流れを活かしてスプリント方式になる次戦のオーストリアでもポイントを重ねたいと思います。
(第9回後編・オーストリアGPに続く)
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