新規則導入の2022年は「技術的におもしろい1年」走るたびにF1マシンに“新たな発見”/松崎淳エンジニアインタビュー(1)
車体の技術規約が大きく変わった2022年、アストンマーティンはコンストラクターズ選手権7位という不本意な成績に終わった。ランス・ストロールの父である世界的実業家ローレンス・ストロールの完全買収以来、資金的な不安はなくなり、施設やスタッフの拡充を進めてきたはず。それでも期待したような結果が出なかったのはなぜなのか。
2011年にブリヂストンから当時のフォースインディアに転職して以来、このチームのタイヤ戦略に欠かせない人材として活躍する松崎淳エンジニアへのロングインタビュー。まずは2022年シーズンを振り返ってもらった。
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──2021から22年にかけて、オットマー・サフナウアー代表の離脱、レッドブルの空力部門チーフだったダン・ファローズの加入、そしてセバスチャン・ベッテルの現役引退と、いろんな変化に見舞われました。
松崎淳エンジニア(以下、松崎):そうですね。そんななか、今季(2022年)の出だしはけっこうショッキングでした。ひとことで言えば、「遅い」と。
──バウンシング、ポーパシングに苦しんだ?
松崎:ライバルたちもどこまで出るのか、(実際に走り出すまで)わかっていなかったと思います。理由ですら、各チームは最初は手探りだったわけですし。
──オフテストの時は出ていなかった?
松崎:出ていました。そのため、この車高で走りたいという高さでは走れなかった。当然、想定したダウンフォースも出ませんでした。
──テストで走る前は、バウンシングは予想できなかった?
松崎:ええ。シルバーストンのシェイクダウンで、初めて出ました。ただ速度もゆっくりでしたから、それほどひどいものではなかった。その後はずっと、それとの戦いでした。対策としては、セットアップでいえば車高を上げる。あとはクルマを変えるしかない。それとも、ゆっくり走るか。
──車を変えるのは、足回りというより、フロアの変更ですか。
松崎:そこは言えませんが、車全体ですね。ただ変えるためには、根本的な理由を理解しないと。そこを技術的にきちんと理解して、検討して、技術的な解決策を提示しないといけない。
──その理解がある程度進んだのは、開幕後どれくらいの段階でしたか?
松崎:それも言えないですが、走るたびに発見はありました。そしてその状態は、最終戦まで続きました。あくまで個人的な印象ですが、100%理解して来季(2023年)のクルマづくりに活かせるレベルまで、(最終戦でも)いってなかったと思います。
一方で今年あまり苦労していなかったチームも、じゃあなぜ自分達に出ていなかったという理解が、技術的にどこまでできているのか疑問です。バウンシングが少なかった分、そのデータは少なかったわけですからね。
──ということは2023年も、多かれ少なかれバウンシング、ポーパシングに苦労するチームは出る?
松崎:僕は、そういう理解です。2年目になったら、ダウンフォースもどんどん増えていく。そうしたら、新たな問題が出てくる可能性があると思います。一方で今季の我々はたくさん苦労もした反面、走る度に新たな発見もありました。技術的に面白い1年でした。
──基本的な質問ですが、2022年マシンは前年までより車高は下がっているんですよね?
松崎:コンセプトにもよります。たとえばレッドブルとメルセデスでは、コンセプトが違う。それでもレッドブルは、メルセデスと比べても低い車高で走ってますね。下げれば下げるだけ、ベンチュリー効果でダウンフォースが出ますから。
──しかし下げすぎると、バウンシングが出る。
松崎:それを防ぐには、昔のようなアクティブサスペンションが一番効果的ですが、禁止されていますから。昔は機械的にスカートを付けて、ディフューザーの性能を上げていた。なのでスカートがダメージを負ったりすると、一気にコントロール不能になった。それが今は空気の流れを制御している分、挙動変化も緩やかです。一方でダウンフォースの絶対値や、コーナリングスピードは、今の方が遥かに高い。なので対応は、難しいですね。限界が上がれば上がるほど、限界を超えた時の挙動はよりピーキーになりますから。
──アストンマーティンは第6戦スペインGPで、サイドポンツーンを大きく変えるアップデートをしました。
松崎:レッドブルに似てるから、グリーンブルと揶揄されましたよね(苦笑)。
──シーズン前から想定した改良だったのでしょうか。非常に大きな変更で、通常ならシーズン中には行わない類のものです。
松崎:そうですね。やりたくてもできない。バウンシングに限らず、いろんな問題点が早い段階から明らかになっていたので、開発陣が開幕前から準備していたいろんなオプションのなかから、あの解決策を投入する決断を下しました。その結果、かなり安定した挙動になりました。いい判断だったと思います。新規約が始まると、どのチームも何通りものオプションで臨んでくる。最たるものがメルセデスのゼロポッドだったりするわけですが。いろんなオプションを用意して、そのなかからこれだというのを決めて、開幕戦に臨む。でもいざ幕を開けると、期待した結果が出ないこともある。そこで残りのオプションのなかから、変更を決断する。コストキャップの現在は、その決断はいっそう難しくなっているわけです。それを去年の技術陣は、きちんとやった。ある意味、自分達の間違いを認めて、別オプションを投入した。彼らの方向性にブレがなかったし、その前提としてポテンシャルのあるオプションでした。肝心のポテンシャルがなかったら、駄馬はしょせん駄馬ですから。
──大きな技術的変更が行われる年は、力関係の激変を期待しがちです。でも実際には2008年のブラウンGPのような下剋上は、むしろ稀です。今回もトップ3が順当に上位を占め、一方で中団チームは予想以上に苦しんだ印象です。表彰台はランド・ノリス(マクラーレン)の1回きりでした。
松崎:その理由はなんとも説明しづらいですが、バウンシング現象への対処にしても、一部のエンジニアは事前にわかっていた。その対処にも、差が出た部分はあったでしょうね。あとはその現象の解析能力にも、違いがあったかもしれない。上位と中団の基本的なダウンフォースレベルの差、そしてシーズン中の開発スピードの差が、去年は如実に出たということでしょうね。どのレベルからシーズンを始めたかという部分に、最後まで引っ張られた印象です。
──中団チームの順位は、予想通りでしたか。
松崎:他チームとの順位比較は、個人的にはあまり気にしないです。自分のチームがどんなパフォーマンスを発揮できるか。たとえば予選なら常時Q3に進める速さ、そしてレースでは、上位3チームの残り4つの枠に入るパフォーマンスを見せること。それを目指してシーズンに臨むわけですが、実際にはそうならないことの方が多い。去年で言うなら、大きな技術変更と、大きな組織変更が重なってしまった。だったらやるなよと言われたらそれまでで、言い訳でしかないですが。
──フォースインディア時代のチームは、予算は決して潤沢ではないのに、期待以上の結果を出していた印象です。なのでストロールが買収したら、さらに飛躍すると思っていたのですが。
松崎:そこはやはり、時間がかかるということですね。いい人材は急に集められないし、新ファクトリーへの移転もこの春から夏にかけてですしね。以前は少ない予算、少ない人員で、オットマーの下でみんなで力を合わせて頑張ろうという雰囲気でした。今はビジネスモデル自体が変わりました。人を増やせばいいというものでもないですが。
──スタッフはずいぶん増えている?
松崎:具体的な人数はわかりませんが、僕が入った10年以上前は300人程度でした。それが今は、約800人です。
──そんなに。
松崎:でも上のチームは、もっといますからね。一方ウイリアムズは、もともとそれぐらいいた。マクラーレンもトップチームだったし、暗黒時代を経て復活しつつある。アルピーヌはワークスですし。極端に少なかったのはうちと、アルファタウリ、ハースぐらいだと思います。急に膨張した部分はありますので、うまくまとめて行くのが大事でしょうね。
──去年は特に、チーム間の差が少なくなった印象です。
松崎:ラップタイム差を見ていただければ、一目瞭然ですね。以前は予選のタイム差が、上位と下位では1秒以上あるのが普通でした。それがかなり接近している。上位チームから技術供与を受けているチームが増えたことも、一因だと思います。ただ実際の戦闘力の差が獲得ポイントに、必ずしも正確に反映されていない。さっきも言ったように、レースでトップ3が普通に走ったら、中団勢は残り4枠を分け合うしかない。ただでさえパフォーマンス差が接近している上に、ポイント争いがさらに熾烈になる。そうすると獲得ポイントはどうしても開いてしまいます。選手権下位のチームも、マシン戦闘力やチーム力が必ずしも大きく劣っているわけではないと思います。
──資金が潤沢になった実感は、レース現場で感じていますか。
松崎:買収された直後は、ありましたね。以前はお金、お金だったのが、性能、性能と言われるようになった。上位チームはそれを長期間続けているわけですから、強さが持続する。スタッフにしても、金にものを言わせて獲得しても、すぐにクルマが速くなるわけではない。優れたリーダーのもとで働く経験が、人を育てていく。そういう総合的な質の高さは、お金では買えないものです。その意味で上位チームの今の強さは、計画的に長期投資してきた結果だといえるでしょうね。(その2に続く)
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